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 政権や捜査当局など権力への取材のあり方が問われている。本社社員らの賭けマージャン問題=キーワード=が発覚し、首相とメディアの会食を伴う懇談への批判も続く。朝日新聞が10月20日に開いた「あすへの報道審議会」で、パブリックエディター(PE)と本社編集部門の責任者らが議論した。

 <パブリックエディター>

 ◇高村薫さん 作家。「マークスの山」で直木賞。「太陽を曳く馬」「土の記」など著書多数。1953年生まれ

 ◇小松理虔(りけん)さん 地域活動家。福島県のテレビ局記者などを経て、地元のいわき市を中心に活動。1979年生まれ

 ◇山本龍彦さん 慶応大教授(憲法学、情報法学)。現代のプライバシー権をめぐる問題に詳しい。1976年生まれ

 ■賭けマージャン、読者への説明遅い 小松PE/社内の議論、まとまらずとも伝えて 山本PE/読者のための取材、原点をいま一度 坂尻編集局長

 小松理虔PE 東京高検検事長(当時)と朝日新聞社員らによる賭けマージャン問題は、読者の信頼を大きく裏切った。読者からは「権力との癒着だ」「賭けは違法行為」「緊急事態宣言中の行為であり不適切」など様々な批判があったが、結局、何が一番いけなかったと考えているのか。

 角田克・執行役員編集担当兼ゼネラルマネジャー 取材とはかけ離れた意味のない接触をし、読者の信頼を失墜させたことだ。

 坂尻信義・ゼネラルエディター兼東京本社編集局長 社員は、定年延長問題で渦中にいる検事長から情報を引きだそうとするのではなく、私的なつきあいでマージャンをしていた。これが世間からどう見えるかという想像力、自分が報道機関の一員であるという自覚が欠落していたと言わざるを得ない。

 小松PE 朝日新聞は、この問題をきっかけに何を変えようとしているのか。読者への説明が遅すぎるのではないか。

 久村俊介・お客様オフィス部長 今日も読者から、賭けマージャン問題を批判する電話があった。

 角田 権力取材のありようについては、編集局内でも記者の年代や経験によって意見が分かれており、必ずしもまとまらない。今、社内で定めている記者行動基準=キーワード=を見直しているが、取材対象も多種多様であり、一律に当てはまる基準を定めるのは難しい。

 山之上玲子PE 「相手と親しくなるためならば、賭けマージャンをやるぐらいは構わない」という意識が社内に残っているのだとしたら、世間の意識から乖離(かいり)している。だから読者も納得せず、もやもやした気持ちが残るのではないか。

 山本龍彦PE 取材分野も経験も異なる記者たちの意見がまとまらないのは不思議ではない。重要なのは、まとまらないことも含めた社内の議論の過程を読者に正直に伝えることであり、それは今回、十分だったのだろうか。メディアとして説明責任を果たさなければ、いっそう不信を招く。

 角田 説明が不十分との点は受けとめなければならない。外部から批判されることを心配しすぎる社内風土も課題だろう。メディアとして世間とのコミュニケーションがうまくないと見られるのは反省材料だ。

 山本PE 十分に取材しないで記事を載せるようなニュースサイトもある中で、新聞記者は相手と対面し、踏み込んで取材することに大きな価値がある。それを読者に粘り強く説明し続けるべきだと思う。

 角田 記者行動基準で細かいことを決めすぎてしまい、現場の記者が萎縮したり、記者の突破力を損なったりすることがあってはならない。こうした考えや経過も含めて読者に示すことを検討したい。

 高村薫PE 権力を取材するこの国のメディアには、オープンな記者会見より閉ざされた懇談などを重視してきた「日本的伝統」があると感じる。そうした取材のあり方じたいが変わらなければ、権力との癒着とみられかねない状況は今後も起こりうるだろう。

 坂尻編集局長 記者行動基準の見直しにあたっては、記者は読者のために取材し、発信するのだという原点をいま一度強調したい。

 小松PE 賭けマージャン問題で多くの批判を受けたというピンチを、朝日新聞が権力とメディアの関係を真剣に考え、世の中に発信するチャンスととらえてほしい。社内での結論がすぐに出なくても、朝日新聞が変わろうとしている姿を読者に見せ、読者とともに考えていきたいという姿勢を打ち出すことが大切だ。

 ■首相会食、本音や情報得られるのか 高村PE/懇談の成果が感じられる記事を 山之上PE/世の中にどう見えるか、意識が大切 角田編集担当

 久村 権力と記者の距離をめぐっては、賭けマージャン問題以外にも、首相と記者との会食を伴う懇談に読者から多くの批判が寄せられている。昨年は国会で「桜を見る会」が追及されている時期に当時の安倍首相と記者との懇談があり、「紙面では首相を厳しく批判しているのに、一緒に食事をするのか」などの声が届いた。菅首相になってからも、懇談については引き続き読者の関心が高い。

 坂尻顕吾・政治部長 菅首相と記者との会食を伴う懇談はこれまで2回あった。10月3日の懇談は、日本学術会議の会員の任命拒否に対し、首相自身による説明がほとんどなされていなかったことから、朝日新聞は出席を見送った。10月13日は、首相から一定の説明があったので、今後、記者会見を開くよう求めたうえで出席した。懇談に参加するかどうかは状況に応じてその都度、判断しているが、最高権力者である首相には、できる限り機会をとらえて取材を尽くすべきだと考えている。

 久村 朝日が懇談を欠席した時は、読者から寄せられた声の大半が欠席への支持だった。一方で、その後の懇談に出席した後は批判の声も届いた。

 河野修一・PE事務局長 懇談はどのように行われるのか。

 坂尻政治部長 かつての私の取材体験を振り返ると、例えば各社の記者が6~7人ずつ座るテーブルへ、首相が順番に回ってくる。記者は雑談から始めつつ、それぞれ関心のあることを聞く。みな他社の記者とのやりとりにも注意を払っていた。

 小松PE そういうことを書いてほしい。記者には当たり前でも読者にはわからない。それがメディアへの疑念を生んでしまう。

 高村PE そもそも懇談という場は、どれほど貴重なのか。めったに聞けない首相の本音や重要な情報が必ず得られるのか。一方で首相側にすれば、なぜ懇談を開こうと思うのか。狙いは何なのか。特に記者会見をせずに懇談を開く場合、記者は利用される危険性に注意を払わなければならない。

 坂尻政治部長 首相との懇談の機会は多いとは言えない。オフレコの場なので発言をそのまま書くことはできないが、首相の顔色や表情から読み取れる感触を後で記事に生かしている。今の首相のねらいははっきりとはわからないが、政権が発足したばかりであり、記者との一定の関係づくりなどは考えられるかもしれない。

 山之上PE ならば、懇談が生かされていると読者が感じられる記事を増やすことや、会見で記者が厳しく追及している姿勢が伝わることが重要になる。そうした努力を積み重ねることで、権力と決して一体化しないメディアの姿が見えてくる。

 小松PE 懇談という言葉の響きが、内輪でなれ合って記者が筆を鈍らせるような印象を生む面もある。

 根本清樹・論説主幹 文字どおり、懇(ねんご)ろに談じるようでは読者に申し開きができない。懇談や会見のあり方をめぐる権力と報道のせめぎ合いは、何十年も形を変えて続いている問題だ。

 高村PE やはり権力を監視する記者は、一定の距離を厳しく保つべきだ。絶対に権力と親密にはならないという大前提が記者の側にしっかりあれば、読者に疑念を持たれるようなことにはならない。

 山本PE 青臭いかもしれないが、権力者には会見でしっかり答えてもらうのが本筋だ。メディアが政府の広報になりかねないとの読者の懸念を拭わなければならない。

 坂尻編集局長 その通りで、会見が記者の主戦場だ。そして会見で相手に事実を語らせるために重要なのが、十分な準備と工夫を凝らした質問だ。

 山本PE いわば質問力。記者のセンスも問われる。鋭い質問をぶつけられた権力者の表情や間なども重要な情報になる。

 坂尻政治部長 権力者が直接SNSで発信できる今、どんな質問を投げかけるかに、記者が存在する意味があるはずだ。現場の記者には、会見という公の場で回答を引き出すのが原則だと伝えている。

 小松PE 記者が質問を重ねるなど、食い下がる姿をもっと見たいし、その様子を具体的に記事にしてほしい。

 坂尻編集局長 動画などを通じて記者会見が多くの人の目に触れることで、記者の質問力が磨かれる。最前列で会見に臨む記者の後ろには、多くの読者がいることを忘れてはならない。

 角田 誰のために、何のために朝日新聞が、記者が存在するのかを改めて考えたい。議論を通じて、新聞社や記者が世の中からどう見えるのかを強く意識することが大切なのだとよくわかった。メディア環境は劇的に変わっているが、新聞の本質的な役割は変わらない。読者や社会とのコミュニケーションを深めながら、伝えるべきものを伝えていきたい。

 (会議は東京本社で開催。高村PEは大阪本社からリモートで参加しました。)

 ◆キーワード

 <賭けマージャン問題> 今年5月、当時の黒川弘務・東京高検検事長と朝日新聞社員(元記者)、産経新聞記者2人が賭けマージャンをしていたことが発覚し、黒川氏は辞職した。朝日社員は黒川氏と取材を通じて知り合っていた。マージャンをしたのは新型コロナウイルスの感染拡大による緊急事態宣言中だった。

 当時は黒川氏の定年延長を認める閣議決定や、検察幹部の定年延長を政府の判断で可能にする検察庁法改正案への抗議が広がっていた。

 <朝日新聞記者行動基準> 朝日新聞社が2006年、記者が自らの行動を判断する際の指針としてまとめた。記者の責務として「真実を追求し、あらゆる権力を監視して不正と闘うとともに、必要な情報を敏速に読者に提供する責務を担う」としている。本文に加えてQ&A方式の解説もあり、事例を示して取材先との癒着を疑わせる行為も注意を促している。社員の賭けマージャン問題を受け、現在、見直しを進めている。

 ◆パブリックエディター(PE)

 読者から寄せられる声をもとに、本社編集部門に意見や要望を伝える役割を務める。社外から招いたPE3人と社員PE1人がほぼ毎週、議論を重ねている。

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