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 駅員がいない「無人駅」は全国の駅の約5割にのぼっています。その影響は、乗り降りに介助が必要な人たちに直接ふりかかっています。法律は、障害のある人が安心して暮らせるよう、社会の障壁を取り除く合理的配慮をうたっています。それはどういうことなのでしょう。誰もが使いやすい鉄道のあり方をさらに考えます。

 ■公平、わがままとは違う 作家・乙武洋匡さん

 駅の無人化をめぐる今回の訴訟で、ネットで「わがまま」という複数の声を目にしました。昔から、障害者に対してありがちな意見です。

 私は、「優遇」と「措置」という二つの概念を分けて考えるべきだと思っています。

 スタートラインがそろっていて、特定の人にげたを履かせるのは「優遇」。しかし、障害者が「わがまま」と批判されていることのほとんどが、「スタートラインでマイナスがあるので、少しでも減らそう」ということ。公平でないことを公平にしようというのは「措置」。それを非難するのは、完全に間違っています。訴訟を起こすことは、法的な問題がないか提起すること。それ自体が非難されるのは非常に怖い。様々な社会問題が封殺されることになると感じます。

 誰かの力を借りなければ移動できないことへの負い目は強いです。駅員さんがいなくても、健常者と同じように、車いすでも一人で乗れる仕組みにすることが最優先だと思います。たとえば、一車両分、一ドア分だけでも、ホームと車両の間をフラットにすることはできないでしょうか。国や自治体ももっと補助してバリアフリーの状況を整えた上で、駅を無人化するのが本来のあり方だと思います。

 2017年に3カ月間、ロンドンに滞在しました。地下鉄の駅のエレベーター設置率は、東京より圧倒的に少なかったです。でも、エレベーターがない駅に行くと、居合わせた市民が何度も手を貸してくれました。「誰かが手伝ってくれる」という安心感がありました。車いすの人が困っていたら手伝うのは、財布を落とした人に駆け寄って届けるのと同じ感覚のようでした。

 日本人が意地悪で冷たいとは思いません。「慣れ」の問題と考えます。日本は長らく「分離教育」で、障害がある子とない子を分けてきました。さらに、「声かけが失礼にならないか」と気遣う国民性と相まって、見て見ぬふりをしてしまう人が多いのではないでしょうか。

 多数派の意見で押し切られてしまうと、弱者が切り捨てられる。そこに多くの人が目を向けてほしいです。(聞き手・北村有樹子)

 ■安全・利便性、事業者の手で 全日本視覚障害者協議会代表理事・山城完治さん

 会ではかねて鉄道各社に、駅の安全対策や利便性確保の要請をしています。駅員が減ると、例えばホームからの転落防止や万一の際の救助などの点で不安が増えます。実際、私は転落事故の現場に遭遇し、救助を手伝ったことがありますが、大人3人がかりでないと難しかった。ホームなどに駅員以外のスタッフが配置されていても、できる業務が限られているようです。

 また誘導を頼んでも待たされる時間が長くなり、障害者はそれを嫌って外出自体をためらうことにつながりかねない。バリアフリーのトイレの使用時間も制限されます。事故に伴うダイヤ変更や災害の時に、どう情報を入手し案内してもらえるのかといった問題もあります。

 鉄道事業者は、全駅のホームに要員を配置するのは難しくなっているなかで、乗客による「声かけサポート」啓発などを進めています。ただ、一義的責任はあくまで事業者にあるはず。乗客の助けを当て込むのは違うのではないでしょうか。

 また、バリアフリー推進では、ハード整備のような一時的な支出には補助が出ても、人を継続的に雇用するといった対策には出ないという制度上の課題もあります。

 社会の様々な場面でコスト削減のため、人によるサービスが減らされています。しかし、特に鉄道などのインフラの場合、それでいいのでしょうか。先々は完全な無人化、無人運転などを見据えているのかもしれません。首相は「自助・共助・公助」といいますが、まず公助をきちんとしてほしいと思います。(聞き手・山本晃一)

 ■移動する権利、国は保障を 東洋大学客員研究員・川内美彦さん

 障害者権利条約では「人権及び基本的自由」をベースに、障害のある人は建物や道路、輸送機関などで、他の人と平等に施設・サービスを利用する機会を持つとし、国に措置を求めています。

 しかし国土交通省はこれまで、この「移動権」を、「社会的コンセンサスを得ていない」などの理由で、バリアフリー化を進める根拠としては認めてきませんでした。国交省にはあくまでハードの整備が中心という発想があるように思えます。

 私は無人化を一概に否定はしませんが、それなりの設備投資は必要。最低でもエレベーター設置、転落防止対策、乗務員によるサポート態勢などを整えるべきだと考えます。

 転落防止対策が難しい場合は、視覚障害のある人がホーム端に行かなくても待てる待合スペースを設け、サポートできる乗務員にそこから連絡できる仕組みをつくるべきです。現在の無人化は、それによって使えなくなる人は不便になってもいいという発想に見えますが、誰も取り残さない発想こそ「共生社会」にふさわしいインクルーシブな鉄道です。

 今回、九州での訴訟から注目が集まりました。無人化の先はやがて利用者減で路線廃止、代替バスや乗り合いタクシーに……と流れることが予想される。そのままでいいのか。特に過疎地の鉄道は社会保障の一環と考えるべきでは。その気構えが事業者や行政にあるかが問われます。

 他の乗客の声かけサポートを期待した仕組みだと、移動における鉄道会社の責任を放棄したことになる。公共交通としての鉄道がどうあるべきかがきちんと議論された上で、無人化を考える必要があります。(聞き手・山本晃一)

 ■話し合って最善考えたい 「虹の会」(さいたま市)事務局長・加納友恵さん

 2019年6月にさいたま市のJR埼京線・南与野駅に駅員がいないという理由で、車いすを利用する男性が降車できないということがありました。この件を受け、私たちが日頃から使う市内の駅を調べたら6駅中4駅で駅員不在の時間があることが分かりました。多くの人が利用する首都圏の鉄道でこういう事態が広がっていることに驚きました。

 駅では車いす利用者に対して事前の連絡を求める貼り紙も出していました。虹の会は今年3月、JR東日本とさいたま市に「車いす利用者が事前連絡をしないと電車に乗れないのは明らかな差別」だと、無人化をやめるように要望書を出しました。

 私たちは公共交通機関の一つのJRが事前連絡を求めることに危機感を持っています。「車いすを使っている人たちは事前に連絡をしなければいけない」。その考え方が世の中の常識になり、様々な場所で事前連絡を求められるようになるのではないかと思うからです。

 なぜ、障害がある人だけが事前連絡が必要なんでしょうか。ノーマライゼーションは障害があっても、ない人と同じように暮らせる社会を実現する考えです。本来であれば、車いすの利用者も同じように電車が利用でき、移動ができる社会ができていかないとおかしいと思います。

 鉄道会社は私たちが電車を利用する時に、乗る駅だけでなく乗換駅、降車駅へ連絡し、スムーズに案内するために連絡が必要なのだと言います。私たちは移動の際に時間がかかることは分かっていますが、駅員が常時いてくれれば連絡をする必要はないでしょう。

 企業側が一方的に決め、押しつけることを合理的配慮と呼んでいいのでしょうか。お互いに話し合いながら、障壁を取り除く最善の形を考えていくことが大事だと思います。私たちはただ、使いたい時に普通に駅が利用できるようにしてほしいだけです。(聞き手・山田暢史)

 ■必要なら公費を/地域で運営しては

 デジタルアンケートに寄せられた声の一部を紹介します。

 ●特定の人の問題ではない

 高齢化社会では、駅の無人化はある特定の人の問題ではないはず。インバウンドで収益を上げるための「遠くへ、より早く」という設備投資に傾かず、人件費率を上げるべきです。足りなければ公費で補う必要があると思います。(埼玉県・60代男性)

 ●意識変えるだけでは解決しない

 困っている人に「何かお手伝いできることはありますか」と私たちが率先して言えれば、問題にもならないのかもしれませんが、私たちの意識を変えるだけでは解決できないのでは。バリアフリーや介助の機械化など必要と感じます。(大阪府・40代女性)

 ●駅を地域包括ケア拠点に

 例えば駅が地域包括ケア拠点になるなどして、地域全体の見守りや交流の場として活用できないだろうか。鉄道会社だけの問題にするのではなく、地域課題の解決に向けた一つの方法に落とし込めればいいと感じる。(東京都・20代女性)

 ●地域全体で駅運営しては

 鉄道会社だけで人員を確保出来ないのであれば、沿線自治体が中心となって確保をすべきだ。例えば、介護福祉士の資格を持つ人を駅に配置するために、自治体が調整をしたり、大学生や定年退職後の人を駅の臨時スタッフとして配置したりすべきである。また、無人駅に郵便局や役所、コンビニ等を同居させて駅の業務を兼務することも考えられる。地域全体で駅を運営する仕組みを講じるべきだ。(北海道・20代男性)

 ●市民がどう共助していくか

 乗車に介助が必要な人を市民で助け合える仕組みや制度があればよいと思う。今は鉄道会社、駅員さんがやってくれている状態でわざわざ電話しなくてはいけない。高齢化社会のため、どんどん介助が必要な人は増える。共助を行えるようにどうしたら良いのか考えていかなくてはいけない。(大阪府・30代女性)

 ●解決の糸口、地元と考えては

 この際、この問題を地元にオープンにして一緒に考えてはどうか。地元の企業や居住者に一部の業務を委託する、元鉄道マンを再雇用するなど解決の糸口が見つかるかもしれない。(埼玉県・50代女性)

 ◇昨年、車いすの利用者に同行した駅には、ふだんは気にも留めていなかったバリアーがありました。跨線橋(こせんきょう)に列車の乗降口の段差、ホームと列車のすき間。エレベーターは、車いすと介助者が乗るとスペースがぎりぎり。なだらかなスロープも「角度が急なので上れないかも」。違った景色が見えました。

 人口減少社会になり、鉄道会社には張り巡らせた鉄道網が重荷になりつつあるように見えます。だからといって、駅を使うときに自分が「事前に連絡して」と言われたら窮屈です。効率化を進めるなかで、障害者に「配慮」したつもりが「排除」になっていないでしょうか。

 線路は全国に続いています。駅が、誰もが列車の旅を楽しめる入り口であることを願います。(中島健)

 ◇来週12月6日は「男らしさって?」を掲載します。

 ◇贄川俊も担当しました。デジタルアンケート「男らしさって?」をhttps://www.asahi.com/opinion/forum/で実施中です。

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