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 79年前の12月8日、日本は米英両国に宣戦布告した。戦場は中国大陸から太平洋に広がり、1945年の敗戦に至る。以後「平和国家」の理念を掲げて歩んできた道をふり返り、足元を見つめ直す日としたい。

 不戦を守り続ける防塁になったひとつが、学問の自由を保障する憲法23条だ。明治憲法にはなかった規定である。

 「研究者の活動に国家が干渉して妨げることのないようにする」。憲法制定議会で担当相の金森徳次郎は、条文の趣旨をそんなふうに説明している。

 背景に戦前の苦い経験があった。政府が「正しい学説」を定め、異なる考えをもつ学者が大学などを追われる事件が相次いだ。官憲の監視の下、自由な研究・教育はかなわず、本人の意思を離れて多くの研究者が原爆などの兵器開発に動員された。

 真理を追い求める自由な営みから新しい発見や知見が生まれる。それが世の支配的な価値観と違ったり、時の政治権力にとって不都合な内容であったりしても、力で抑圧した先に社会の未来はない――。甚大な被害をもたらした戦争から、先人が学んだ教訓だった。

 その後、最高裁の判例も取り込んで、23条の保障は研究の自由にとどまらず、成果を発表する自由、大学などでの教授の自由、そして大学の自治・自律に及ぶとの見解が定着した。

 いま注目の日本学術会議問題も、こうした議論の蓄積の上で考える必要がある。

 首相は会員候補6人の任命を拒んだ理由を今もって説明しない。だが、政府の方針に反対する見解を発表したことなどが影響しているのは間違いない。

 研究者の考えは長年の研究活動の上に形づくられる。それが政府の意に沿わないからといって制裁の対象になれば、学問の自由は無いに等しい。他の研究者や受講する学生らの萎縮も招く。「会員にならなくても学問はできる」といった言説が、事の本質を理解しない間違ったものであるのは明らかだ。

 学術会議が、軍事研究を否定した過去の声明を「継承」するとしたことを、自由な研究の侵害だと批判するのも筋違いだ。そもそも同会議に大学や個人に何かを強いる力はない。軍事研究は性質上、学問の自由の根幹である自主・自律・公開と相いれない。その危うさを指摘し、科学者の社会的責任を再確認した点に声明の意義はある。

 コロナ禍や気候変動への対応など、専門知の活用がこれまでにも増して求められる時代だ。それを支える学問の自由を、より豊かなものにしていくことこそ人類の利益にかなう。23条の真の価値が問われている。

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