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 パブリックエディターに就任して驚いたこと。その一つは、朝日新聞紙上に、政権などを挑発・揶揄(やゆ)するような言葉を含むコラムが時折掲載され、これを「スカッとした」などという表現で熱烈に支持する読者の声が少なくないことだ。コラムの筆者には戦略的な意図があるのだろうが、その書きぶりに「待ってました!」と言わんばかりの喝采を送る一部の読者の反応を見て、ある種の戸惑いを覚えた。新聞とは、「お客様」をスカッとさせるメディアだったのか。

 実は、米国大統領選挙の際の米主要テレビの報道にも同じ疑問を抱いた。例えば、有名なリベラル系テレビ局の司会者が、不正投票があったとするトランプ陣営の主張に対し、顔を真っ赤にして「恥を知れ!」などと糾弾していた。また、トランプ支持の陰謀論者を嘲笑するような司会者の姿も何度か目にした。こうした感情的で「相手」を挑発・揶揄(やゆ)するような態度は、前回の大統領選挙時よりも激しくなったと感じている。

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 こうした報道の変化には複数の原因が指摘されているが、その一つはSNSやネットニュースを含む新メディアとの相互作用であると言われている。大きな傾向として、SNSの中では、「言論」として蒸留される前の「感情」が吐き出され、報道機関などの社会的・専門的な媒体を経ずに公共空間に垂れ流される。また、この感情のネットワークは、閲覧数(ページビュー)などが経済的価値を生むビジネスモデル(「関心」が売買されるアテンション・エコノミー)によって、ネット空間に深く根を張る。そのため新メディアでは、どれだけ質の高い情報を提供できるかの競争ではなく、情報の真偽にかかわらず、どれだけ読者や視聴者を刺激させられるかの競争になりがちだ。テレビや新聞といった旧メディアも、今やネットでの反応を無視できない。また、旧メディアは経営に苦しんでいるところも多く、収入確保のために特定の「お客様」の関心を引きつけておかなければならないことなどもあり、新メディアの「感情文化」の影響から逃れられなくなっている。

 もちろん、その何が悪いのかという批判もあろう。「相手」をたたく報道姿勢を見て、確かに「お客様」は歓喜し、スカッとする。それはよいサービスのように思える。しかし、他方でそれは「相手」の憎悪や怒りを増幅し、国民を友・敵に二分して深い感情的分断をもたらすことにもなる。理想論かもしれないが、そもそもメディアとは、私的空間を支配する裸の感情が公共空間にそのまま流れ込むことを防ぎ、熟議のための理性的コミュニケーションを作出するものだったはずである。本来メディアには、埋もれていたファクト(事実)を提示して社会における支配的物語を解体し、「お客様」の固定的な信念を動揺させること、「スカッとさせないこと」が求められてきたように思われる。事実報道と隣り合う社内評者の「オピニオン」も、この精神から完全に自由ではいられないだろう。

 大統領選における米国の一部テレビ報道は、この点で批判的に検討される必要がある。例えば、陰謀論を信じるトランプ支持者の立場にも寄り添いつつ、陰謀論を信じてしまう心理や生活・情報環境を解明する努力がより求められたと思う。もともとリベラルは少数派の権利を重視する。だとすると、白人=多数派=強者という支配的物語を疑い、白人のなかの「忘れられた人々」の境遇に光を当てるのもリベラル系メディアの重要な仕事だ。

 多数派の中の少数派は、時に少数派の中の多数派より声が届きにくい。努力はなされたものの、多数派・少数派の固定化されたイメージの下でかき消された真の「少数派」の声に一層耳を傾け、世界にもっと発信すべきだった。また、トランプ側による不正選挙との主張についても、郵便投票の実態をさらに丁寧に取材し、課題を整理しておくことも必要だったのではないか。リベラル系メディアに求められたのは、刺激競争に乗り出すことではなく、トランプ支持者の「多様性」を可視化し、友・敵の境界を流動化させること、それによりトランプの分断戦略に対抗することだった。

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 分極化を増幅させる米国メディアの状況は、朝日新聞を含む日本の新聞メディアにとっても他人事ではない。新聞もネットの世界へと進出していくなかで、感情文化にのみ込まれてしまう危険があるからだ。朝日新聞は「刺激競争」から距離をとり、民主政の維持のため、分断の増幅ではなく解消に努めるべきだろう。厳しい権力批判は必要だが、それは特定の「お客様」をスカッとさせるためではない。また、プラットフォーム事業者らと積極的に対話・連携して、アテンション・エコノミーに代わるビジネスモデルを模索しつつ、新時代にふさわしい報道文化を急ぎ構築すべきだ。感情と刺激で公共空間全体が覆いつくされる前に。

 ◆やまもと・たつひこ 慶応大教授。専門は憲法学、情報法学。現代のプライバシー権をめぐる問題に詳しい。1976年生まれ。

 ◆パブリックエディター:読者から寄せられる声をもとに、本社編集部門に意見や要望を伝える

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