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 54年前に静岡県であった一家4人殺害事件で死刑が確定した袴田巌さんについて、最高裁は裁判のやり直しを認めなかった東京高裁決定を取り消し、同高裁に審理を差し戻した。

 14年に静岡地裁があけた再審の扉は、4年後の高裁決定で閉ざされたが、再び開く可能性が浮上した。84歳の袴田さんに残された時間は多くない。高裁は迅速に手続きを進め、適切な結論を得なければならない。

 再審請求審では、犯行時の着衣とされたシャツなど5点の鑑定の評価が焦点となった。事件の1年2カ月後、公判中に現場のみそ工場にあったタンクの底から見つかった。弁護側は、それだけの期間みそにつかると血痕は黒褐色になるのに、赤みが残っていたのは不自然で捏造(ねつぞう)の疑いがあると主張した。

 最高裁は、こうした場合の色の変調について専門的知見を調査・検討しないまま請求を退けた高裁決定を「著しく正義に反する」と批判。一方で、弁護側が最大のよりどころとした血痕のDNA型鑑定は、歳月を経てDNAが劣化・汚染された可能性があるとして退けた。

 ただし、審理した5人の判事のうち2人は鑑定結果に一定の信用性を認め、血痕の色の変化をめぐる矛盾も厳しく指摘して、直ちに再審を始めるよう主張した。再審の可否をめぐって最高裁で反対意見が出るのは異例だ。執行されたら取り返しのつかぬ死刑判決が、極めて脆弱(ぜいじゃく)な証拠構造の上に成り立っていることを示している。

 この決定内容を踏まえ、検察は改めて事件を精査すべきだ。地裁の再審開始の判断を受け入れ、必要な主張は再審の法廷でする道もあるのではないか。

 今回の再審請求から既に12年が過ぎている。慎重さが求められるのはわかるが、市民感覚との隔たりはあまりに大きい。

 検察が保管しながら裁判に提出していない証拠類を開示するか、改めて鑑定を行うかなどで検察側と弁護側が対立し、裁判所も指導力を発揮しないまま時間を費やした。その果ての「差し戻し」である。司法への信頼を大きく傷つけたことを猛省しなければならない。

 背景には、再審手続きに関して明確な法律の規定がないこともある。社説は繰り返し整備を主張してきたが、いま一度、その必要性を訴えたい。

 先進国で死刑制度を存置しているのは事実上、日本と米国だけで、米国も州レベルでは廃止が進む。死刑囚が冤罪(えんざい)だった疑いのあるケースとして、この事件は国際社会からも注目されてきた。決して不当な「外圧」ではない。人権を重んじる人々からの正当で真摯(しんし)な疑念である。

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