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 生活面の投稿欄「ひととき」が始まったのは1951年。戦後間もなく、女性たちが日々の暮らしの中での気づきを投げかける手だてとして、社会につながる窓のような役割を果たしてきました。(栗田優美)

 ■「未知なもの」放たれ、広がった共感 「女に何が書ける」、企画に反対する声も 時代映す内容/筆者同士の交流各地で

 「ひととき」は1951(昭和26)年10月2日に東京本社発行の夕刊で始まった。この月に復活したばかりの夕刊に、「家庭欄」が常設。平凡な日々の生活をないがしろにしては、平和で民主的な社会は実現できないとの戦時下への反省があった。ひとときは、その精神を表す企画として、当時の学芸部の影山三郎デスク(故人)が「ふつうの女性が何を考えているのかわかる随筆欄を」と発案した。

 憲法で両性の平等がうたわれ、女性も参政権を持つようになった。それでも朝日新聞の社内からも、「女に何が書ける」と、一般の女性に投稿を募ることに懐疑的な声が上がったという。

 このため、影山は当初、投稿募集の掲載を断念し、週1回、作家や評論家の短いエッセーを載せてつなぐことにした。3カ月後、読者からも原稿が届き始め、4月下旬からは読者だけの投稿で作る欄に。大阪本社版は53年、西部本社、名古屋本社版は54年に投稿欄ができた。

 初期の投稿を集めた選集「女は考える」(53年)で影山はこう書いている。「女が考える。たとえばセンタクをしながら、包丁を使いながら。惜しいことにそれがこれまでは胸の底にしまいこまれてしまったり、せいぜい茶の間か井戸端のつぶやき程度で消えてしまっていました」「この閉ざされていたものに窓を開け、その未知なものに光を当てれば、きっとなにか、多くのひとびとの生活をよりよくするためにプラスとなるものが発見されるはずです」

 家事や育児をしながらつづられた思いは新聞を通して社会に放たれ、共感を呼んだ。投稿は最初の1年半で1万5千通に上った。一方で、「こんなうまい文章を書く女がそうあちこちにいるはずがない」などと、でっちあげを疑う声も寄せられたという。

 その後、筆者同士の交流から「草の実会」などの女性グループが各地に生まれた。大阪に拠点を置く「ひととき会」(会員約200人)、各地にメンバーがいる「鈴の音」(会員約30人)は、今も活動を続ける。

 この間、書き手を男性に広げるかどうかの議論が繰り返しあり、2007年4月からは、週1回「男のひといき」が始まった。

 つづられる内容は、その時代の人々をとりまく状況を色濃く映している。反響が大きかったテーマ=表=を、改めて生活面などで特集記事にすることもある。

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 朝日新聞社ではひととき70年を記念し、2021年を通じて、紙面での連載や読者交流イベントなどを予定しています。

 ■ジャーナリズムの冒険、「#MeToo」の先駆け 東京大学大学院教授・林香里さん

 新聞の家庭面や女性をめぐる問題に詳しい東京大学大学院の林香里教授(マスメディア研究)に、ひとときの果たしてきた役割を聞きました。

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 ひとときなどの女性投稿欄は、今でこそ新聞の家庭面の定番ですが、70年前のスタート時、素人女性に筆をもたせるという発想は、ジャーナリズムの冒険でした。振り返ると、三つの点で画期的だったと思います。

 一つは、新聞に双方向性を持たせたことです。70年前の新聞は、男性の、男性による、男性のための一方通行メディアという色合いが強いものでした。事件・事故を除けば、新聞で女性が取り上げられることはほとんどなかった時代に、読者とメディア、とりわけ女性同士のコミュニケーション空間を埋め込んだのが、ひとときでした。

 二つ目は、社会問題を議論するフォーラムとして、実際の市民運動にもつながった、という点です。女性たちが感じていた問題が投書をきっかけに可視化され、共感が集まり、実際の行動の力になった。性差別に声を上げ、社会現象になった「#MeToo」の先駆けともいえます。全国紙にそのような空間があり、津々浦々の地方紙もならった、メディア主導の女性運動、人権運動の形でした。

 三つ目は、記者と読者の関係性です。記者が一人の人間として読者に寄り添い、声に耳を傾け、課題を解決する。ときに政治にもつなげる提案型の記事を一緒につくる。「記者は中立であるべきで、取材対象に感情移入してはいけない」という原則からは少しずれますが、当局や記者クラブ取材とは違うジャーナリズムのあり方を示したのは革新的でした。

 70年経つ今、女性を取り巻く問題はまだまだ残っており、女性が書き手になる場所を確保しておく意義もあると考えます。一方で、当初志したように、女性以外の弱い立場の人、例えば、コロナ禍で経済的に困っている人や、日本で暮らす外国の人、性的マイノリティーの人たちの声をすくえているでしょうか。

 あらゆる情報がネットで手に入る時代、新聞はどのようにプラットフォームとして機能できるのか。表に出てきづらい問題をどう掘り起こし、どういう人を守っていくのか。ひとときだけの問題ではなく、新聞のジャーナリズム全体の問題として考えなければならないと思います。

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 はやし・かおり ロイター通信東京支局記者、独バンベルク大客員研究員などを経て現職。著書に「〈オンナ・コドモ〉のジャーナリズム ケアの倫理とともに」など。

 ◆「ひととき」投稿募集 本文500字程度。住所、電話番号、名前(ペンネーム不可)、職業、年齢を書いて、〒104・8011 朝日新聞文化くらし報道部「ひととき」係へ。ファクス03・5540・7354、メールhitotoki@asahi.comメールするでも。二重投稿不可。採否の問い合わせにはお答えできません。掲載作は期限を定めず当社媒体で利用させて頂きます。

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