(柳沢幸雄の教育考・共育考)責任を果たすには 「コロナだから」ではなく動こう

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 緊急事態宣言の中、入試シーズンを迎えた。寒くなれば感染拡大することは予測できたことだ。何か不都合なことが起きたら、原因を探るのではなく「責任を取る」というのが、潔さを尊ぶ日本の文化だが、「責任を果たす」ということをもっと政治家も大学も学校も考えてほしい。「責任を取る」は受け身だが、「責任を果たす」は能動的・積極的な行動を示す。

 国の急な対応に振り回された今年度を踏まえ、来年度は教育に携わる我々はどう責任を果たせばいいか、いまから考えるべきだ。

 学校教育の果たすべき役割は、「知育」と「社会性の涵養(かんよう)」である。知識を蓄積する知育部分はオンライン授業でもなんとか責任は果たせるが、社会性の方は難しい。今年度は多くの行事が中止になった。修学旅行を3学期に延期した学校では、感染拡大で中止を余儀なくされているところも少なくない。

 来年度の年次計画を早く立てた方がいい。私が校長なら、夏休みを最初から短く設定する。まだ寒さの残る4月は知育に専念し、逆に5~9月に行事や部活の大会、つまり集団、対面でなければできない学びを集中させる。ワクチン接種が始まったとしても、来冬にコロナ感染者のいない世界に戻るかどうかわからない。英国では、若い人も感染した変異種が広がり、今月、イングランドの小中高校は原則閉鎖となった。いずれにせよ、10月以降は夏休みを短縮した分、余裕を持って、分散登校やオンライン授業に切り替えられる準備を整えておくのが、教育者として責任を果たすことではないだろうか。

 来年度受験を迎える小5、中2、高2には、コロナ禍において授業も入試も生徒目線で対応した学校かどうかを、説明会などでよく探り、進学先を選ぶことをおすすめする。特に、いまの中2は、次の大学入試改革の年に大学受験をすることになる。コロナが終息したとしても、様々な変化に対応しきれない学校では、十分な教育は受けられない。

 そして、子どもたち自身にも考えて欲しい。コロナで混沌(こんとん)としたこの1年で自分は成長できたか。1週間前、1カ月前、あるいはそれ以前の自分と比較して、進歩した点、改善した点が見つけられるかどうか。あれば自信を持って、そのまま進めばいい。何もない人は、「コロナだから仕方ない」と過ごしていたら、「コロナ世代」と言われかねない空白を自ら作ることになる。学ぶ者としての責任を果たすには――。オンラインで仲間と何かを創りだしてもいい。たくさんの本から何かを得てもいい。待ち遠しい春までの時間を、責任を果たす方向に動こう。