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 かつて不登校児だった石田まりさん(25)が大阪府立大大学院に通い始めて、3年が経った。大学も合わせると7年間。通うのはもう慣れた。自分と同じ不登校児を助けたくて、在学中に不登校児向けの家庭教師や訪問支援も始めた。

 北九州市の出身。幼い頃から自分の性に疑問を持っていたり、食べ物の好き嫌いが多かったりして、学校になじめなかった。嫌いな冷凍ミカンを、担任に無理やり食べさせられることもあり、給食の時間は苦痛だった。小学3年から不登校になった。

 環境を変えようと、私立中学を受験。第1志望は不合格で、第2志望に入学したが、自分のことを男性とも女性とも思えず、制服のスカートをはくのが嫌だった。人付き合いもしんどくて、1年の夏には登校しなくなった。

 2年への進級に合わせて、公立中へ転校した。でも、学校という場が自分に合わないことに気づき、数日で不登校になった。

 勉強は好きだったので、定時制単位制の高校へ進学した。制服や校則はない。学校を苦しいと思わないのは初めてだった。

 高校1年の時、問題を抱える子どもの支援をする「スクールソーシャルワーカー(SSW)」の仕事を知った。自分の不登校の経験が生かせるのでは、と考えたのが大学選びのスタートだった。

 SSWに必要な資格が取れる大学を、全国から探した。通い続けられるようにキャンパスの雰囲気も重視した。高校2年の頃から、学習塾に通いながら毎日勉強。努力が実り、14年に一般受験で合格した。

 高校時代と同様に、決められた時間割がないので気に入っている。いまの研究テーマは、不登校児の健康問題。学校以外でも健診が受けられる仕組みを探っている。博士課程に進み、研究を続けたいと考えている。

 入学当初は「また不登校になったら」と不安もあった。「好きなことを好きなだけ学べる。何をするのも自由。大学って、素晴らしい場所だと思います」(山田健悟)

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