(with読者会議)エール、受験生だった私へ

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 ■Reライフ 人生充実

 受験生だった頃を覚えていますか。自分を励ましたい、慰めたい、褒めてあげたい……。25日から始まる国公立大学の2次試験を前に、当時の自分へ向けた様々なメッセージが寄せられました。

 ■再スタート、ジョンも歌った

 共通1次試験を控えた1981年1月。受験シーズンの真っ最中だったが、当時高校生だった川崎市の堤伸一さん(58)は、全くやる気が起きないでいた。

 直前の12月8日、小学1年生のころから大好きだったビートルズの元メンバー、ジョン・レノンが亡くなった。「うそだ、何でそんなことが」。大きなショックを受け、死去のニュースも信じられなかった。翌日からレコード店を歩き回り、ラジオから流れる追悼番組を聴き続けた。

 「今思えば、現実逃避だったのかもしれません」。当時、自分の人生に漠然とした疑問を抱いていた。勉強に身が入らず、旅に出たいとさえ思った。そこに飛び込んできたジョンの訃報(ふほう)。「何もかも放り出して、ニューヨークに献花しに行きたかったですね」

 結局、第1志望校は不合格だった。滑り止めの大学には合格したが、気持ちは全く晴れなかった。

 不本意な思いを抱えたまま始まった大学生活。支えてくれたのは、ジョンの歌だった。

 死去の直前に発売されたアルバム「ダブル・ファンタジー」。その中の1曲「スターティング・オーヴァー」を繰り返し聴いた。「これは『もう一回やり直そう』と呼びかける歌。一からのスタートだと自分自身に言い聞かせ、気持ちを切り替えた」と振り返る。

 在籍した工学部で、コンピューターやソフトウェアについて学んだ。大学の推薦で大手電機メーカーに就職。半導体の設計を手がけ、顧客への助言やトラブル対応などの仕事を30年続けた。

 結婚式の披露宴ではケーキカットで「ラヴ」を、長男が生まれると車の中で「ビューティフル・ボーイ」を流した。ジョンの歌は常に人生の傍らにあった。

 受験生だった自分には、「くよくよせず、早く立ち直れ」と言いたい。でも、自分の人生に後悔はしていない。だって結局、人生はなるようにしかならない。「レット・イット・ビー(あるがままに)ということですね」(前田朱莉亜)

 ■英語と格闘、人生広がった

 第1志望の大学は不合格で、進学した短大では英語専攻の選択肢しかなかった。英語は他の科目と比べて得意ではなかったが、必死に勉強し、4年制の大学に編入。卒業後に就職した会社では、在学中にレベルアップした英語を生かして書類の英訳などの業務を担当した。退職後も博物館のガイドをしたり、ボランティアで翻訳をしたり。今でもやりとりが続く海外の友人もいる。好きではなかった英語が人生の幅を広げてくれた。

 <大阪府 60代女性>

 ■頑張り、無駄にはならない

 高校生のころ、勉強の成果が出ず「数字で評価される受験の世界は向いていない」と悩んだ。それでも「受験」という土俵でみんなと競い合うことが、自分の成長にきっとつながると信じた。塾には行かずに学校の図書館で勉強し、1冊の参考書をボロボロになるまで使った。結果は合格だった。

 受験目前、ギリギリの状態だった私へ。「何一つとして無駄なことはなく、今の頑張り全てが将来の自分につながっているよ」

 <茨城県 寺坂絵里さん(26)>

 ■50歳で猛勉強、昔してたら

 技術系の難関資格である「技術士」の試験に50歳で挑んだ。取得を目指したのは建設と総合技術監理の2部門。「仕事中は勉強しない」と決め、帰宅後深夜1時まで毎日机に向かった。受験生のころと違い、集中力は続かないし、記憶力も落ちている。でも、「合格したい!」という意欲だけは、はるかに上だった。結果は見事合格。受験生のころ同じくらい勉強していたら、授業料の安い大学に合格できたかもしれないぞ、自分。

 <宮崎県 伊藤信政さん(68)>