(時代の栞)「原発ジプシー」 1979年刊・堀江邦夫 下請け現場に飛び込みルポ

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被曝労働の過酷、変わらぬ構造

 1978年9月のある日。一人の青年が関西電力美浜原子力発電所の門をくぐった。その後、東京電力福島第一原発日本原子力発電敦賀原発を渡り歩き、下請け作業員として点検・補修などに従事する。翌79年4月に原発を去るまでに浴びた放射線の合計は6・82ミリシーベルト。日本…

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