(社説)震災復興10年の教訓 「制度」見直しに踏み込む時

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 あの日から10年後の未来が、津波被災地に広がる。

 新しい街ができ、高台への集落移転も進み、災害公営住宅はすべて完成した。

 太平洋岸の300キロを超す防潮堤や、仙台市青森県八戸市を結ぶ三陸沿岸道路359キロなどの巨大工事にも目を見張る。

 「千年に一度」といわれた津波からの復興は、地域の基盤づくりを終えようとしている。

 もがき苦しんだ現場は多くの教訓を残した。そこから新たな災害対応の視点が見えてくる。制度に関する三つの課題を指摘し、政府に対処を求める。

 ■人口減を見据えて

 第1は、縮む社会に適応する街づくり制度の必要性だ。

 「奇跡の一本松」がある岩手県陸前高田市にはいま、「売地・貸地」の看板が並んでいる。甲子園球場80個分のかさ上げをしたものの、利用予定のない土地が6割を占める。

 大規模な造成に時間がかかったため、現地での生活を望みながら別の場所へ移らざるを得なかった被災者も多い。この10年で、市の人口は2割減った。

 行政の担った「まちの復興」と、住民それぞれの「ひとの復興」の時間軸の違いがあらわになっている。

 背景には、市街地全体の再建を土地区画整理事業に頼らざるを得なかった現実がある。

 もともと都市開発のための制度で、経済成長を大前提に土地の価値を高める事業だ。権利調整や工事に時間を要するうえ、臨機応変な計画縮小は容易でない。迅速さを求められる復興、しかも過疎地での実施に不向きなのは明らかだった。

 被災地からは、区画整理に代わる災害に特化した制度を求める声も上がった。しかし、政府は部分的な制度改正で精いっぱい。そしていま、三陸沿岸に空き地ができている。

 土地の所有権が複雑に絡む街づくりの制度設計は極めて難しい。だが、人口が減り続けるこの国で、新たな制度が求められているのは間違いない。

 ■資金支援の充実を

 第2は被災者への資金支援の少なさである。

 いまも続く復興増税もあって30兆円を上回る空前の予算が投じられた。道路や防潮堤などへの約13兆円が際立ち、インフラ偏重が指摘され続けた。

 当初の5年間、地元負担をゼロにしたことも、今となっては工事の肥大化を招いた要因に挙げられる。新たな公共施設の維持管理費への懸念が広がる現状は、復興のあり方そのものを問い直している。

 一方で、被災者への金銭支援の少なさに不満が募った。

 28万戸にのぼった家屋の「半壊」が、被災者生活再建支援法の金銭支給の対象にならなかったのが象徴的だ。「全壊」には最大300万円が出ただけに、「半壊の涙」とも言われた。

 同法は昨年、ようやく改正され、「半壊」の一部も支援されるようになったが、支給額の上積みを求める声は大きい。

 それは、1戸あたり1千万円かかった仮設住宅と、被災家屋の修繕費の平均が約500万円だった実態を見比べて、仮設住宅よりも安く、効率的な援助もできるとの考え方に基づく。

 被災者の救援は、物資不足の戦後すぐにできた「現物支給の原則」がいまも色濃い。行政が仮設住宅を建てて提供するのもその一環だ。ここに、豊かな時代にふさわしい「適切な現金給付」も加えて、支援の選択肢を広げようというわけだ。

 いわば旧来の手法の枠組みを超えて、「モノだけでなく、もっとお金も」という発想だ。

 空き家を活用する「みなし仮設住宅」を行政が差配する現状に対し、会計検査院内閣府の有識者会議が、家賃を被災者に渡す「現金給付」を促したのも方向性は同じだ。

 ■防災庁をつくろう

 南海トラフ地震や首都直下地震の甚大な被害を想定すれば、金銭支給策の拡充は必須だ。財源や配布方法に制約があるとはいえ、理にかなっている。

 だが、政府の腰は重い。金銭の流用や浪費への懸念も根強いのだろう。

 そんななか、復興現場で「行政哲学の転換」と評価された施策があった。被災地の産業再生のために、初めて企業や事業主も支援した「グループ補助金」などだ。新しい現金給付策につながる可能性もありそうだ。

 第3は防災庁の創設である。

 被災各地に、伝承館ができている。遺構や映像、証言で風化にあらがう決意が伝わる。これに比べて、政府の姿勢は心もとない。復興庁を30年度まで続けるが、その先の展望がない。

 朝日新聞はかねて災害対応の企画や立案に専念する組織の設置を唱えてきた。地震や台風、豪雨など相次ぐ危機に立ち向かえる人材を育て、知見やノウハウを蓄積、継承するためだ。

 東日本大震災から10年。復興の教訓は見えているのに、制度の改善は進まない。現状を打破する司令塔になる防災庁の必要性は高まるばかりだ。

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