(社説)原発被災地の10年 再出発の歩み、粘り強く

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 「Re―Start」

 事故から10年、東京電力福島第一原発がある福島県双葉町。地場企業などが進出予定の復興拠点への道を示す矢印に、アルファベットが添えられている。

 約6千人の全町民がいまだに故郷に戻れない。「復興」を英語に直訳するのではなく、ここから「再出発」が始まるとの思いがこめられている。

 原発被災者のいまは多様だ。福島県の集計では3万6千人が避難を続ける。戻りたいと願う人。帰還をあきらめ、新たな地で暮らす人。共通するのは福島への思いだ。それぞれの胸の内を受け止めながら、後押しし、地域の再出発につなげたい。

 ■ポケットには線量計

 長く続く廃炉、大震災の余震とされる地震への備えなど課題は多い。

 政府の避難指示が出された福島県内11市町村の北西端にある飯舘村。4年前に大部分で指示は解除されたが、いま村で暮らすのは、事故前の6500人の4分の1に満たない。多くは長く村に住んできたお年寄りだ。

 伊藤延由さん(77)は、ポケットに入れた線量計で毎日、被曝(ひばく)線量を測ってツイッターで公表する。自宅では問題ないレベルだが、好物の山菜が生える山林では室内の10倍の数値を示すことも。「測ったところは分かるが、測っていないところはどうなっているか分からない。10年経って言えるのはそれだけ」

 県内で計画されていた除染は3年前に完了し、生活の場の放射線量は落ち着いている。しかし手つかずの場所もある。

 「年だけとった」。阿武隈山系の中央にある田村市の原木シイタケ農家、宗像幹一郎さん(70)は10年をこう振り返る。全国有数の産地だったが、キノコ類は放射性物質を吸収しやすく、試験栽培止まり。県が夏にも示す手順に沿って再出発を期すが、先行きは見通せない。

 ■「人の力に救われる」

 県全体では、電子部品や医療機器に牽引(けんいん)されて製造業の出荷額が原発事故前を上回った。対照的に農林漁業は苦境が続く。高齢化と後継ぎ不足が深刻なだけに、国や東電に支援や償いを求めるだけでは突破口は開けない。カギを握るのは「人」だ。

 南相馬市で生まれ育った紺野由晃さん(20)は昨秋から1年間、東北大を休学し、地元の一般社団法人「あすびと福島」でインターンとして働く。自然エネルギーを題材に小中学生対象の体験学習などを展開しており、その運営を手伝う。

 高校2年の夏、米国留学で社会課題を意識する同世代に刺激され、帰国後、「あすびと」の門をたたいた。「福島の創生に取り組む人々に触れながら、自分の『軸』を見つけたい」

 「あすびと」は、南相馬市出身の元東電執行役員が、退任翌年に起きた原発事故への償いと福島再興への思いを込め、前身の法人を12年に立ち上げた。自主的に活動する高校生や大学生のグループが生まれるなど、取り組みが広がりつつある。

 いわき市NPO法人「ザ・ピープル」は、主婦数人が1990年に立ち上げ、古着のリサイクル運動からスタートした。震災直後にはボランティアセンターの開設・運営を担い、以来、被災者支援を続ける。

 農業を少しでも助けたい。こんな思いから震災の翌年、「ふくしまオーガニックコットンプロジェクト」を始めた。大学から在来種の種の提供を受け、ノウハウを持つ企業と組んだ。有機農法で綿を栽培・加工し、人形などにして販売する。地元の農業者や住民、市への避難者らが参加してきた。

 「人は人の力で救われるんです」。法人理事長の吉田恵美子さんは話す。30年余り前、グループ名を「人々」とした際の「元気な街には、元気に主張し、行動する市民がいる」との思いにも通じる実感だという。

 ■地域の資源いかして

 原発に代わる旗印を――。こんなかけ声のもと、国は福島で大型の事業を進める。代表例が廃炉からロボットやドローンなど多様な分野で新たな産業基盤づくりを目指す「福島イノベーション・コースト構想」だ。

 雇用を生むためには、こうしたプロジェクトも必要だろう。一方で、福島の人たち自身が、生活に根ざした視点から立ち上がろうとする取り組みへの支援を忘れてはなるまい。

 「地域の特性に合わせた街づくりに向け、一歩ずつ進んでいきたい」

 県内の企業や個人、自治体の出資で13年に設立され、太陽光発電を展開する会津電力(喜多方市)会長の佐藤弥右衛門さん(69)は力を込める。造り酒屋の9代目ながら「地域のエネルギーを地元で使おう」と電力経営に飛び込んだ。発電拠点を約90カ所まで増やし、その能力は1800世帯分を賄えるまでに。原発被災地の川内村で計画中の風力発電にも参画する。

 戦後、食料やエネルギーの供給地となってきた福島の再出発。佐藤さんの言葉は全国へのメッセージでもある。

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