(社説)展望みえぬ宣言解除 再拡大阻止に全力をあげよ

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 新型コロナの新規感染者数の水準はなお高く、一部地域ではリバウンド(再拡大)の兆しがみえる。より感染力が強いとされる変異ウイルスの拡大も心配だ。にもかかわらず、菅首相は緊急事態宣言の全面解除に踏み切った。極めて重い政治責任を負ったといえる。

 ■変異株、全例検査も

 1月初めの宣言から2カ月半。最後まで残った首都圏の1都3県では、当初は比較的順調に感染者が減少した。ところが先月以降は下げ止まり、東京都でいえば、第3波が始まった昨年11月半ばのレベルに戻ったに過ぎない。この2週間はむしろ増加傾向にある。

 昨年4月の初めての緊急事態宣言の際は、国民に他人との接触の大幅削減を求め、百貨店など幅広い施設に休業を要請した。飲食店の時短強化に的を絞った今回の対策には、当初から、感染を抑え込むには不十分との厳しい見方があった。長引く宣言下での「自粛疲れ」もあろう。このまま単純に延長しても効果は見込めず、行き詰まった末の解除ではなかったか。

 今後、多くの国民にワクチンが行き渡れば、流行を制御できる希望も見えてくる。それまでは、3度目の宣言を出さざるをえないような感染爆発を避けることが最優先であり、明確な戦略と迅速な実行が、これまでにも増して重要になる。

 まずは現下の感染下げ止まりの原因を分析し、的確な対策を講じることだ。変異ウイルスに対する監視と封じ込めの強化も欠かせない。政府は、変異株を調べる検査の対象を感染者の4割まで引き上げる目標を掲げたが、十分とはいえない。大学や民間企業の能力を活用して全例検査をめざすべきだ。

 ■第3波招いた反省を

 昨年の緊急事態宣言が解除された時、朝日新聞の社説は「教訓くみとり『次』に備えよ」と主張した。当時の安倍首相は、罰則を伴う強制力によらない「日本モデル」の成果に胸をはったが、対策の検証は手つかずのままだった。昨年夏の第2波を宣言なしで乗り切れた「成功体験」が、切迫感を失わせた側面もあるかもしれない。

 冬になれば再び流行するだろうという指摘は以前からあったのに、しっかりした備えはできておらず、感染の急拡大が深刻な病床不足を招き、自宅で亡くなる人が相次ぐような事態となった。政府や知事らの見通しの甘さや判断の遅れに起因するところが大きいのではないか。

 本来、国と自治体が一体となって取り組まねばならないというのに、警戒レベルの判断や時短の強化、観光支援策「Go To トラベル」の停止をめぐっては、政府と一部の知事との間で責任を押し付け合うような場面もあった。

 安倍首相の突然の退陣後、後継となった菅首相は、コロナ対策を政権の最優先課題に掲げ、就任時には「爆発的な感染は絶対に防ぐ」と約束した。しかし、経済との両立にこだわるあまり、感染抑止にかじを切るタイミングを失した。今回の宣言にしても、東京都の1日の感染者が1千人を超え、首都圏の知事らに押されての決定だった。

 以前から野党や知事会が求めていた特別措置法の改正に着手したのも、第3波に直面した後。日本型の自賛から一転、罰則ありきの法改正を、緊急事態宣言の下、わずか4日間の審議で拙速に成立させてしまったことは、今後に禍根を残した。

 ■国民の納得得てこそ

 新しいウイルスへの対応に試行錯誤はやむをえない。大切なことは、科学的な分析を踏まえ、その時々で最適と思われる判断をくだし、状況が変われば、柔軟な変化もためらわないこと。そして、そのことを国民に言葉を尽くして説明し、理解と納得を得ることだ。

 リバウンドが懸念される中での宣言解除について、首相は昨夜の記者会見で「客観的な基準に基づいて、専門家の意見を踏まえながら判断した」と語り、病床の逼迫(ひっぱく)状況の改善を根拠にあげた。しかし、「空き」はあっても人を配置するのには時間がかかる。感染が急拡大すれば、すぐに余裕がなくなる恐れがあり、安心はできない。

 モニタリング検査の実施など、五つの柱からなる総合対策も打ち出されたが、その実効性は実際の取り組みを見極めないと判断できない。飲食店の時短営業は当面続け、国民には大人数での会食を控えるよう要請した。長引く自粛生活に疲れた国民にさらなる協力を求めるのなら、収束に向けた具体的な展望を示すことが不可欠だろう。

 昨秋、政府に「Go To」の一時停止を進言した分科会は、最近は持ち回りの開催が目立ち、提言の内容も政府の方針に沿ったものが多い。今回の宣言解除にあたっても、分科会としての提言は出さなかった。専門家は客観的な分析をもとに耳の痛いことであっても直言し、政府はそれを受け止めて総合判断し、政治責任を負う。その関係を改めて確認したい。