(フォーラム)差別をなくしたい:1 当事者の経験から

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 森喜朗元首相による女性蔑視発言や新型コロナウイルス感染者らを排除する動き、人種差別に抗議する米国のブラック・ライブズ・マター運動など、差別の話題を耳にする機会が増えています。差別とは何か、どうすればなくせるのかについて、みなさんとともに考えたいと思います。まずは座談会でそれぞれの経験を語ってもらいました。

 ■オンライン座談会 ルーツ語れない葛藤も

 日本社会でマイノリティー(少数者)とされる出自をもつ4人に、「差別」をめぐる体験についてオンラインで語ってもらいました。

 川口泰司さん 愛媛県の被差別部落で生まれました。中学・高校時代には部落問題を身近に考えてほしいと、出身を名乗りました。しかし大阪の大学に進学し、部落に対する偏見や差別の現実を目の当たりにして自分のルーツを語れなくなる時期があり、葛藤しました。

 李芙美さん 在日韓国人3世で、大阪府東大阪市で生まれ育ちました。小学生のとき朝鮮文化に親しむ集会でハルモニ(おばあさん)の話を聞き、日本風の通名ではなく本名で生きようと思った。中学・高校は環境が変わる不安から通名に戻したが、大学からまた本名を名乗り、小学校教諭になって14年になります。

 伊是名夏子さん 「骨形成不全症」という障害があり、電動車いすを使っています。小中は養護学校に通い、高校は普通高校。米国などに留学後、小学校で教員を務めました。

 差別を感じたのは結婚・出産のとき。夫の両親や学校の同僚、友人に反対されました。子どもに障害が遺伝する確率は2分の1。2人産みましたが、遺伝せず、いま7歳と5歳。母親の私が身長100センチで、家族でいちばん小さいです。

 副島淳さん 米国人の父はぼくが生まれた時からいなかった。祖母と母、妹の4人家族で育ちました。東京都大田区から千葉県浦安市に引っ越した小学4年から、肌の色の違いで差別的ないじめを受け、初めて自分の見た目の違いを意識しました。中学校に入ってバスケットボールを始め、自分をいじめた子たちとも仲よくなった。芸能活動を始め、自分の体験を語る機会が増えました。

 李さん 勤務先の小学校は在日コリアンの子が多いですが、子どもたちのルーツは中国やベトナム、ペルーやドイツなど8カ国にわたります。「おはよう」「さようなら」のあいさつを8カ国語で言うなど、多文化共生の取り組みをしています。

 祖父母が日本に来た経緯や、私の生い立ちに触れ、日本と朝鮮の戦争や植民地の時代を学ぶ授業もしました。歴史を教科書だけでなく、自分に引き寄せてほしいと考えました。

 授業で、地震の際に「朝鮮人が井戸に毒を入れた」とデマが流れた話をしたら「関東大震災の時のこと?」と尋ねる子がいました。「今年2月13日の地震でもあったよ」と伝えると驚いていました。差別的なデマに惑わされない子になってほしい。

 副島さん 学校の授業で黒人解放運動が出てきた時、先生は黒板に書いただけで話は通り一遍だった。結局、教室でちゃかされ、嫌な気持ちになりました。あれはマイクロアグレッション(微細な攻撃)という日常の差別的振る舞いだったと思う。夏休みに日焼けした友だちに「副島の肌に近づいたぜ」と言われたことも。小学生の時は言い返せなかったが、中学生では「オレの方がまだ黒い」と切り返す強さを身につけました。

 肌について「せっけんをつけて、たわしでこすれ」とからかわれたことは忘れられません。でもそれを言った友だちはいま「お前のこといじめてたっけ」と聞いてくる。いじめた加害者は忘れてしまうのです。

 李さん 米国などでの差別に抗議するブラック・ライブズ・マター運動についても、教育の場できちんと教えたい。少数者が権利を訴えることに脅威を感じた多数者が力でつぶそうとするのが差別。

 学校には「そういう授業は先生が韓国人やからやるのですよね」「差別意識を生まないためには教えないほうがいい」という声が寄せられます。「もし私が何人(なにじん)でも差別の問題は大事なので取り組みます」と伝え、話し合いを続けます。

 川口さん 私自身、差別に気づけなかった体験があります。マイノリティーの友人がいることで、問題をわかったつもりになっていた。在日コリアンの友人の前で何度も「みんな選挙に行ったか」と呼びかけていました。その後、友人は涙を流し「オレも行きたいけど、選挙権ないねん」と言いました。

 一方、ぼくが自分の出身のことを勇気を出して打ち明けても「そんなこと気にしていないよ。もう差別なんかないでしょ」と、それ以上話を聞いてくれない人もいた。もし自分が打ち明けられた時には、相手がカミングアウト(告白)するまでに感じた不安や葛藤を想像して「教えてくれてありがとう。もっと聞かせて」と答えたい。

 副島さん テレビで差別について話すと「差別なんてもうない。語ることが差別の助長になる」とか「副島さんを好きで応援していたけど、もう番組は見ません」という反響が来ます。同じブラックルーツの人から「副島君は知名度が上がったからいいけど、現状は甘くない」と言われることも。メディアで話すのは緊張しますが、発信し続けることが大事だと思っています。

 伊是名さん 「障害者に友だちがいる」と近づいてくる人の中には、障害者のことを理解せず、寄り添っていない人もいます。女性を差別する男性は、生きづらさのゆえに弱い者を支配しようとするのかなと思います。人の内面は分かりにくいからこそ、被害を受けた人の声を聞き逃さないようにしないと。

 コロナ禍で、自助、自己責任と言われる。自助って、政府は何もしないということでしょう。自助で全部やれといわれたら、私のような障害がある人は生きていけません。

 学校のあり方も気になります。普通学級の子が特別支援学級や養護学校に年1回交流に来て、表面上仲よくなって終わりという場合も多い。一歩踏み込み、なぜ普通学級と障害者の学級が分かれているのかとか、構造的な問題を考えてほしい。

 李さん これまでの人生で皆さんが励まされた体験は何ですか?

 川口さん 大学時代、部落出身だと言えなくてうそをつき、葛藤していた時期、母から長い手紙をもらった。部落出身の父と結婚したときの差別や、差別と貧困のなかで生き抜いた祖父母のことがつづられていた。部落はマイナスだと思い込む価値観に染まっていたことに気づき、家族や自分の出身を大切に思えるようになりました。

 副島さん 小学校まではいじめられ、先生は敵だったし、親にもつらく当たっていた。中学でバスケットボールに出あい、人から「すごい」とほめられて、はじめて自己肯定感がめばえました。

 伊是名さん 小さいときは骨折が絶えなくて、入退院を繰り返すたびに社会から断絶されたが、家族が毎日会いに来てくれました。寝たきりで苦しいとき、助けを求めないと何も変わらないが、自分の力を信じて声をあげれば、だれかが助けてくれると実感できるようになりました。

 李さん 地元で在日コリアン向けの民族学級に通い、家には韓国につながるものが多かった。小学生の時は自分が韓国人であることを「隠したい」と思うことはなく、みんな知っていたしそれが当たり前だった。いま思えば親や先生がいろいろと力づけてくれていたのだと思います。(まとめ 編集委員・北野隆一

 ■「ズルい」と思うことも一因に/結婚差別、泣き寝入りほとんど

 デジタルアンケートに寄せられた声の一部を紹介します。

 ●余裕のなさが差別の一因

 外国にルーツを持つ人に差別したことがある。自分が地方出身で、チャンスが都会の人と平等でないと感じていたためかもしれない。社会全体に余裕がなくなって「自分だって頑張っているのに、あの人たちはズルい」と、弱い立場の人に対して思うことが、差別につながる一つの要因と考えている。(鹿児島県・30代男性)

 ●自分も加害者になる可能性

 自分が普段何げなくしている行動が、差別的でないかを知る必要がある。教育や学習機会のあり方の改革が明らかに足りていないため、加害していることにも気づけない。(東京都・20代その他)

 ●オブラートに包まない

 欧米の学校では、他人の容姿について話題にしないよう教育を受けているそうです。そして、イジメという言葉が差別をより分かりづらくしていると思います。中身は暴言暴力なので、オブラートに包むことをやめなければ、根本的な解決にはならないと思います。(東京都・40代女性)

 ●部落差別、正しく伝えて

 部落差別を正しく理解する人が少なく、教えられる教員も少なくなっています。最も多いのが結婚差別ですが、表に出ず、泣き寝入りがほとんどです。また、誰を被差別部落出身者とみなすのかもあいまいです。差別する側が決めるからです。メディアで部落差別を正しく伝えていただき、差別の現実を加害者、被害者両方の立場から伝えていただきたいです。(三重県・50代女性)

 ●差別の現実と出あう機会

 学校や地域、メディアで実態を伝えていく機会を増やすことが差別の現実と出あう機会となり、一人一人が関心を持ち、差別の現実に向き合って正しいかどうか判断し行動することにつながると思います。(大阪府・40代女性)

 ◇外国人や女性などへの差別発言が取りざたされるたびに、「理解できない」「私は差別をしません」という言葉をSNSでよく見かけます。大学生だった数年前まで私も同じことを思っていました。

 記者となり、差別を受けている当事者を取材する中で「人は無意識に差別をしてしまうものだ」と聞いてきました。確かに、私は日本で日本人として生きて、男性優位の社会構造で男としての特権も受けてきました。常に多数側の立場だったからこそ何不自由なく暮らせたのであって、それに無自覚なことで差別に加担していたのだと思います。「自分も差別者になり得る」という謙虚な姿勢を忘れず、取材を続けます。(増山祐史)

 ◇来週4日も「差別をなくしたい」を掲載します。

 ◇遠田寛生、宮崎亮も担当しました。ご意見、ご提案はasahi_forum@asahi.comメールするへ。

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