(社説)男女格差 政治に平等の思想を

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 女性は立場をわきまえよ、といわれる。大学入試では、女性であるだけで減点される。コロナの不況下では、女性から職を失っていく。

 理不尽なことばかりが、この社会で起きてきた。そしてさらにおかしいのは、そんな差別が露呈してもなお、現実が遅々として正されないことだ。

 世界経済フォーラムがまとめる男女格差の報告書が今年も、日本の後進ぶりを示した。156カ国中、120位だという。過去最低だった前回の121位とほぼ変わっていない。

 憂うべきは、そうした海外からの評価そのものよりも、問題意識を装いつつ腰を上げない日本の内なる硬直さだ。社会のすみずみに根を張る不平等を、いつまで許し続けるのか。

 明白に責任を果たしていないのが、政治である。国会議員と閣僚の女性比率は、世界最低レベルだ。夫婦間の姓の選択やハラスメントをめぐる規定など、社会の制度設計があまりにも男性主導に偏っている。

 3年前、国会と地方議会の議員選挙を対象とした候補者男女均等法ができた。しかし、その後の参院選自民党が立てた女性候補は15%にすぎない。

 努力義務の法律だから効果がないなら、何らかの縛りを設けるべきだ。候補者などの男女比率を数字で割り当てるクオータ制を検討するときではないか。

 120カ国以上で導入されており、フランスもその一つ。男女同数を政党に義務づけるパリテ法を2000年に導入し、飛躍的に改善させた。

 それまでは日本とフランスは大差なかった。平等をめざす思想よりも、現職議員の既得権益や政党内のしがらみを優先させる日本政治の旧套(きゅうとう)墨守ぶりが、厚い壁になっている。

 この10月までに、均等法の成立後で初となる衆院選がある。選挙区だけでなく、比例名簿の上位に女性を増やすかどうかなど、各政党の姿勢が問われる大きな節目となる。

 「変わらない日本」の根っこには、有権者の無関心やあきらめもあろう。だが、コロナ禍が教えるのは、暮らしと政治を結ぶ多様な対話の重みだ。育児や介護などでの男女共通の声を行政に生かすためにも、各党に目を凝らし、票を投じたい。

 世界に目を向ければ、フィンランドの女性首相は、国会議員時代に産休・育休を取った。ニュージーランドの首相は、在任中に出産している。

 男女や職種を問わず、仕事と生活が平等に両立できる当たり前の営みに、社会の豊かさがある。誰もが自分らしく生きやすい社会を求めて声をあげ、態度で示すことが大切だ。