(EYE モニターの目)今月のテーマ:東日本大震災10年

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 ■共に考える大切さ、学んだ

 3月12日朝刊オピニオン面の「何が残り 何を遺(のこ)すか 『当事者』って何だろう」。「震災の『当事者』だって誰が誰を思うかによって変わりうる」という言葉がとても印象的だった。被災者と非被災者の間に震災に対する意識の温度差がある印象を受けていたし、どこかで「福島の人は原発被害があって大変」と当事者をひとくくりにしてしまっていた気もする。震災の体験は一人ひとり異なるものであり、自身の経験を互いに語りあい、そして共に考えることの大切さを改めて学んだ。(八木萌 23歳 東京都)

 ■複合災害の指摘、興味深く

 3月11日朝刊科学面「次の複合災害に備え 真に強靱(きょうじん)な社会を」。現代社会に起こりうる複合災害の危険性が鋭い洞察に基づいて述べられており、引き付けられた。原発の安全性に関して、福島第一原発事故後、津波対策だけが重視され、他のリスクに対する想像力が欠けているとの指摘は、改めて原発を考える視座を示してくれている。また、南海トラフ巨大地震が起これば「超広域複合大震災」ともなる恐れがあるとされ、その対策が俯瞰(ふかん)的に示されているのも興味深く読めた。(一宮瑞夫 69歳 東京都)

 ■復興加速へ戦略的な報道を

 特集では、多くの記者たちが様々な切り口で取材、報道し、かなり充実していたと感じた。気になったのは、まだ元の生活に戻っていない人々が多いとか、不安を抱えている人が多いといった、「それは知っているよ」という内容が多かったことである。いわゆる困っている人や弱い立場の人に寄り添った報道だと見える。しかし、その報道姿勢で復興につながるのかどうかは疑問だ。新聞の発信力を使って復興を加速させるような戦略的な報道が求められるのではないだろうか。(大石雅寿 63歳 埼玉県)

 ■1面写真から伝わる明暗

 1面に使用する写真に注目していた。3月11日は朝日に向かって両手を広げた被災者の写真。周囲には海しか見えないものの、生きる希望や力を表しているようで、復興はまだ道半ばだが、被災地の方々が力強く前を向いている印象を受けた。ところが、翌12日の写真は、一転、1階部分が破壊された家で、被災された方が花を手向けている様子が出ていた。周囲には何もなく、寂しさばかりが伝わる。復興とは名ばかりで、大勢の被災者がまだ苦しんでいることがひしひしと伝わってきた。(高橋正毅 61歳 山梨県)

 <「誰に向けて発信」、今後も強く意識>

 誰に向けて震災の記事を発信していくのか――。5年前、宮城県の仙台総局に次長として勤務していたころ、取材を担当する記者とよく議論になりました。そして、取材陣が出した答えの一つが、「被災地以外の人たちに現状を伝えることで、支援につなげていく」というものでした。当時はまだ多くの人が仮設住宅で暮らしていました。

 震災10年を迎えるにあたり、改めて自身に同じ問いをしてみました。いわゆるインフラ整備事業はほぼ完成し、政府の支援も区切りとなるタイミング。それでも結論は変わりませんでした。原発事故による避難者の多くが帰還できる見通しは立っておらず、心のケアといった目に見えにくい部分の支援は、これからさらに必要になっていくと考えたためです。

 その意味で、「復興を加速させる戦略的な報道が必要」とのご指摘には考えさせられました。被災者に寄り添い、現状を伝えようと意識するなかで、私には見えにくくなっていた視点だったかもしれません。

 「当事者とは」の問いかけは、今後も起こりうる巨大災害を報じるときに強く意識をしていくべき点だと考えます。(前社会部次長・樫本淳)

 ◇東京本社発行の朝刊、夕刊の最終版をもとにしています

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