(社説)李鶴来さん死去 日本の正義問い続けて

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 生きているうちの救済は、ついにかなわなかった。

 この国の正義や良識とは何なのか。政治の、そしてその政治の不作為を見過ごしてきた国民の、責任が問われる。

 在日韓国人の李鶴来(イハンネ)さんが先月亡くなった。96歳だった。

 17歳の時に日本軍属となり、東南アジアの鉄道建設現場で連合国軍の捕虜らの労役を監視する業務にあたった。上官の命令は絶対で、捕虜の扱いを定めたジュネーブ条約の存在を教えられることもなかった。戦後、BC級戦犯とされて死刑判決(その後減刑)を受け、1956年まで服役した。

 先の大戦では朝鮮・台湾から大勢の人が「日本人」としてかり出された。だが52年のサンフランシスコ講和条約発効の際、日本政府は一片の法務府(現法務省)局長通達で旧植民地出身者から日本国籍を一律に奪い、援護行政の枠外に置いた。

 戦犯に問われた日本人やその遺族には、国のために犠牲になったとして恩給などが支給された。しかし旧植民地出身者は、初期に宿舎や生業のためのわずかな資金援助があった程度で、何の手当てもされなかった。記録によるとその数は321人。李さんは国内最後の存命者といわれてきた。

 理不尽というほかない。

 加えて、戦犯とされた人々を苦しめたのは故国の冷ややかな視線だ。帰国しても対日協力者として周囲に受け入れてもらえず、自ら命を絶った人もいる。韓国政府はようやく06年になって名誉回復に動いたが、偏見は根深く、解消は容易ではない。

 李さんは仲間とともに日本の裁判所に提訴した。補償や謝罪の請求は退けられたものの、98年の東京高裁判決は「問題の早期解決を図るため適切な立法措置を講じることが期待される」と指摘。最高裁も「深刻かつ甚大な犠牲・損害」を認め、原告らに深い同情を寄せた。

 それでも政治は動かなかった。08年に旧民主党が特別給付金を支給する法案を国会に提出したが廃案に。65年の日韓協定で問題はすべて解決済みだとして、そのはざまに落ちた不合理・不条理に目を向けようとしない姿勢が、元戦犯に限らず、植民地支配をめぐる諸問題を引きずり続ける一因になっている。

 08年の案をもとに、自民党を含む超党派の国会議員が1人につき260万円を支払う法案を準備しているが、壁は厚く、提出のめどは立っていない。

 議員らは今月1日に国会内で予定していた会合を、李さんの追悼の場に切りかえた。この国を大切に思うからこそ、日本によって人生を狂わされた人たちが残した声に耳を澄ましたい。

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