(社説)学術会議改革 存在意義 社会で共有を

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 自らの役割と今後の組織のあり方を話し合ってきた日本学術会議が、その結果をまとめた報告書を総会で承認した。

 分野を問わず、科学を発展させ、成果を社会に反映・浸透させるにはどうしたらいいか。設立の原点に立ち、慎重な検討を経て導き出したものだ。政府は最大限尊重するべきだ。

 きっかけは菅首相による会員の任命拒否だった。強権的な手法が批判されると、政権は学術会議の現状に問題があると言い出し、改革の必要性を唱えた。明らかな論点ずらしだが、執行部は議論には応じることにし、会員に限らず国内外の識者から意見を聴いてきた。

 報告書は、法律で独立性を担保され、国の「特別の機関」として予算措置がされている現在の形態について「変更する積極的理由を見いだすことは困難」と結論づけた。あわせて、情報発信力の強化や会員選考プロセスの透明性の向上に、引き続き取り組む考えを示した。

 学術会議は各国のアカデミーに共通する要件を分析し、(1)国を代表する機関としての地位(2)公的資格(3)安定した財政基盤(4)活動面での政府からの独立(5)会員選考の自主・独立――の五つを挙げた。時の政権に左右されることなく、中立の立場で科学的・客観的な提言をするために欠かせないもので、その堅持を訴えたのは当然だ。

 これに対し自民党は「改革に消極的だ」と決めつけ、「学術会議は、政治や行政が抱える課題認識や時間軸を共有して活動すべきだ」と主張する。一見もっともらしいが、政府と一体化し、目先の懸案を処理する下請け機関になったときの弊害を理解していない。

 政府は近年、学術界に「イノベーション(技術革新)」への貢献を求める。だが実現には、既存の価値観にとらわれない発想や視点が不可欠だ。批判精神のないところに発展も革新もないことは、人類の長い歴史が証明している。戦前、学問が国家に隷属した果ての惨禍は、改めて指摘するまでもない。

 「国の予算を使いながら政府と違う考えを示すのはおかしい」との意見も的外れだ。予算は国民のもので、政治家や官僚の所有物ではない。政府の意向と異なることでも臆せず提言する組織は、社会全体の財産であり、維持・発展させながら次代に引き継がねばならない。

 総会では、本来、感染症対策を議論して社会に貢献すべきなのに、組織論に時間が割かれることを憂える声も出た。今こそ多分野の知を統合する学術会議が存在意義を示すときだ。無用の混乱を招いた首相は、事態を早急に打開する責任がある。

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