(社説)改正案廃案へ 入管の改革につなげよ

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 政府・与党は、出入国管理法改正案の今国会での成立を断念した。秋までに衆院の総選挙が行われるため、このまま廃案になる見通しだ。

 コロナ対策の不手際などで内閣支持率が低迷するなか、強引な国会運営で傷を広げるのは得策ではない。そんな政治的な思惑が働いたとみられる。

 しかし、審議を通じて法案がかかえる数々の問題点が認識され、与党内からも公然と修正を求める声が出ていた。加えて、入管施設に収容されていたスリランカ人のウィシュマ・サンダマリさんが3月に死亡した事件をめぐり、上川陽子法相や入管当局の対応が社会から厳しい批判を浴びた。成立断念は当然の帰結といえよう。

 今回、人権意識や国際感覚を欠く入管行政の実態が改めて浮かび上がった。ほとぼりが冷めたころに、一部修正―再提出でやり過ごせる話ではない。この混乱を、組織のあり方、職員の意識、そして何より、日本の外国人政策を抜本的に見直す機会にしなければならない。

 出入国管理法は1951年の制定以降、不法滞在状態になった外国人の収容や送還に関する規定をほとんど変えていない。広がる現実とのズレを、政府が手当てしようとしたこと自体はおかしな話ではない。

 問題はその作業にあたって、外国人を同じ人間として遇し、権利と尊厳を守るという視点が抜け落ち、当局の論理や都合が前面に押し出されたことだ。

 例えば、日本に生活基盤がある外国人も、何らかの事情で在留資格を失えば不法滞在状態になる。しかし機械的に収容するよりも、家族や支援者のもとで生活できるようにする方が望ましいケースが多い。

 こうした考えから「全件収容主義」を改めるなど、改正案にも見るべき点はあった。だが内実は、収容するか否かは入管の裁量で第三者のチェックが働かないなど、先進国の運用からかけ離れたものでしかなかった。

 難民認定の申請中は強制送還しないという規定を緩め、一定の条件下で可能にしようとしたのも同様だ。まさに「管理」の視点からしか外国人を見ていない姿勢があらわだった。

 「抜本的な見直し」は容易ではないが、ウィシュマさんの病状が悪化する経過を録画した映像を、来日中の遺族に開示することから第一歩を踏み出すべきだ。法相は「保安上の問題」を理由に拒んできたが、およそ納得できる説明ではない。

 入管施設内の処遇の透明性を高め、人命を預かる責任を関係者全員で直視する。改革の道は、外国人を尊厳ある存在として見ることから始まる。