(社説)トイレ制限判決 性自認 尊重する職場に

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 社会の少数者の悩みに向き合わず、説得力を欠く判決だ。

 戸籍上は男性だが女性として暮らす性同一性障害経済産業省職員が、職場が女性トイレの使用制限などをするのは違法だと訴えた裁判で、東京高裁は同省側の主張を大筋で認めた。

 判決は「自らの認識に基づく性で社会的生活を送ることは、法律上保護された利益だ」と述べる一方で、勤務する階から離れたトイレを使うよう、10年以上にわたって原告に求めている措置に問題はないとした。

 性別適合手術を受けていないこと、この間、差別是正に向けた新たな規範の制定や裁判例がなかったことを挙げ、長期に及ぶ制限を是認している。

 納得には程遠い判決理由だ。

 適合手術は体への負担が大きく、望まなかったりあきらめたりする人も少なくない。原告に責任があるかのような物言いは、「意思に反して身体を傷つけられない自由」の侵害にも通じる。裁判例がないことが物事を変えない理由になるのなら、世の中の多くのことはいつまで経っても変わらない。

 目の前の紛争の解決を通じて社会を良い方向に進めていこうという問題意識も、そこで司法が果たすべき責務への自負もうかがえない判決だ。

 「事業主の判断で先進的な取り組みがしやすい民間とは事情が異なる」として、経産省を擁護している箇所もある。これも逆立ちした発想だ。公の機関だからこそ、人権をより重んじ、民間の先をゆく対応をとってしかるべきではないか。

 原告はホルモン投与を受けていて、外見も女性だ。判決は他の職員が「性的不安」を抱かないようにする必要があると説くが、そうした不安を示す具体的な証拠は提出されていない。

 「経産省が懸念するトラブルの可能性は抽象的なものにとどまる」と指摘し、人々の意識の変化や世界の潮流にも目を配って使用制限を違法とした一審・東京地裁判決のほうが、事実に即し、得心できる。

 折しも自民党は、性的少数者への理解を深めることをめざす法案について、今国会への提出を見送る考えを示した。

 野党との協議を経て法案に盛り込まれた「性的指向及び性自認を理由とする差別は許されない」との文言に、党内の保守派が反発。閣僚経験者からは「体は男なのに女子トイレに入れろとか、ばかげたことが起きている」などと、誤解と偏見に基づく発言も飛び出した。

 個人を尊び、共に生きるための「新たな規範」を速やかに制定する。行政、司法、そして一部政治家の無理解は、その必要性を何よりも雄弁に物語る。

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