(社説)米国の銃問題 命を守る政治はどこに

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 米国アラバマ州で5月、3歳児が自宅にあった銃で6歳の姉を撃ち、死なせてしまった。同じ日の夜、ミネソタ州では母親とハンバーガー店を訪れた6歳の女児が、銃撃戦に巻き込まれて亡くなった。

 銃社会と呼ばれる米国をさいなむのは、耳目を集める乱射事件だけではない。罪なき市民が理不尽に命を絶たれる悲劇が、あちこちの日常にある。

 事件や事故は急増している。昨年、自殺をのぞき、銃で命が失われる事例が前年より25%増えた。今年も5月末までに8千人以上が亡くなった。昨年を2割上回るペースだ。

 主な原因として指摘されるのはコロナ禍である。失業が広がり、社会の不安や不満が強まった。学校や公共施設が閉まり、コミュニティーの支えあいが弱まった影響が大きいという。

 警官の暴力や差別への抗議運動が広がり、警察が忙殺されたり萎縮したりしたからだ、との声もある。逆に、警察が信頼できないから犯罪の兆候を通報しなかったり、自衛したりする市民が増えたとの指摘もある。

 背景は複雑だが、はっきりしているのは銃器の拡散が深刻化している現実だ。

 昨年、コロナ下の不安などで多くの人が銃を買い求め、前年を6割上回る取引があった。銃が身近にあるほど、それに絡む犯罪が増えるのは当然だ。治安の悪化を受け、さらに大勢が銃を手に入れる。この悪循環を断ち切らねばならない。

 「この国の疫病であり、世界の恥だ」。バイデン大統領は銃暴力をそう形容した。そのうえで、製造番号がなく追跡困難な組み立て式の自家製銃を規制する対策などを発表した。銃の問題を政権の重要政策に据える決意の表明と期待したい。

 とはいえ大統領の権限でできる措置には限界がある。自家製銃は蔓延(まんえん)する銃のごく一部にすぎない。議会や州に規制を促すだけでは実効性を欠く。

 米国では高速連射が可能な殺傷力の高い銃が比較的容易に入手できる。即売会やネット取引では、身元確認がない抜け穴もある。これらを封じる法律の成立に向けて、議会は本腰を入れるべきだ。

 合衆国憲法は市民が武装して自衛する権利を認めている。しかし、問われているのは人の命をいかに守るかという、政治の根本だ。人口を上回る4億の銃があふれる社会が安全といえるのか。戦争で使われるような銃が市民社会に必要か。理性的な議論が必要だ。

 警察の信頼回復も急務だ。安全を守る任務を市民が安心して警察に託せるよう、党派を超えた取り組みを求めたい。