(社説)天安門と香港 力ずくで歴史は消せぬ

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 天安門事件は1989年の初夏に起きた。

 北京の天安門広場でその年の春から、民主化を求める学生らが座り込んだ。その数、10万人に及んだともいわれている。

 6月4日、人民解放軍が武力で広場を制圧した。おびただしい流血が市内であったが、死傷者数など詳細はいまも明らかにされていない。

 あれから32年。中国共産党政権は過ちを認めることもなく、事件を歴史から消し去ろうとしている。

 中国で事件について知ろうとしてもネット上で検索はできない。ニュースや出版物で関連情報を目にすることもない。多くの若者は事件を知るすべもなく、実際に知らない。

 そんななか、中国でありながら「一国二制度」が認められてきた香港では、犠牲者を追悼する集会が開かれてきた。

 毎年この日の夜、香港島の繁華街の一角にある緑あふれるビクトリア公園に、数万人の市民がろうそくを手に次々と集まっていた。

 中国を責めたてる演説が響くなか、子ども連れの家族がのんびりと歩く。仲むつまじいカップルの姿もある。中国本土では見られない、自由なかたちで事件に向きあい、歴史を忘れない空気があった。

 それは、多様な言論と文化を認める香港社会を象徴する大切な光景だった。

 ところが今年、集会は香港当局によって禁じられた。

 3千人にのぼる警察が公園を封鎖した。公園のそばで追悼をしようとした人たちも、次々と連行された。

 昨年もコロナの感染防止を理由に開催は認められなかったが、多くの市民がかまわず公園に集まってきた。今年はそれも許さぬと強権が発動された。

 反体制的な言論を封じるために中国が強引につくった香港国家安全維持法の施行から、もうすぐ1年。香港が急速に変質しているのを強く印象づける出来事である。

 この1年、香港の選挙制度は改変され、香港人は民意を政治に反映させる場を失いつつある。抗議活動やデモも、コロナ対策を名目に禁じられた。

 政府を批判するような報道は露骨な圧力を受けている。民主や自由を訴える若者たちの多くは拘束され、収監された。

 この理不尽な弾圧に断固反対し続ける決意を新たにする。

 中国でも、香港でも、世界のどこにおいても、人は自由に自らの意思を表現する権利が保障されねばならない。

 天安門事件の歴史を消し去ることはできない。香港の自由を奪ってはならない。