(社説)党首討論 首相の言葉が響かない

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 質問には直接答えず、一方的に長々と自説を述べる。これでは、到底その言葉は国民に響かない。菅首相が初めて臨んだ党首討論は、与野党のトップが国民の前で、大局的な見地から議論を深めるという、あるべき姿からは程遠いものに終わった。

 2年ぶりに開かれたきのうの党首討論は、ほぼすべてが、コロナ禍と、開会まで残り1カ月半となった東京五輪への対応に向けられた。

 立憲民主党枝野幸男代表はまず、前回の緊急事態宣言の解除が早すぎたことが、現在の第4波につながったとして、今回は東京で1日あたりの新規感染者が50人程度になるまで続けるべきだと主張。首相に対し、基準を明らかにするよう求めた。

 しかし首相は、ワクチン接種への取り組みを延々と説明しただけで、前回の解除判断への反省や今回の解除基準に触れることはなかった。

 枝野氏はまた、東京五輪が感染拡大につながるリスクについて、大会参加者だけでなく、競技場の外まで念頭においているかどうか確認を求めたが、首相はこれにも答えず、いきなり枝野氏が掲げる「ゼロコロナ」戦略への疑問を語り始めた。

 お互いが対等な立場で意見を交わす場であり、首相が野党の政策をただすことは当然あっていい。しかし、聞かれたことには全く答えず、自分の言い分ばかり述べたてるのではコミュニケーションは成立しない。

 首相が高校生時代の前回東京五輪を振り返る場面もあった。バレーボールの「東洋の魔女」の回転レシーブ、マラソンのアベベ選手、柔道で日本選手に敬意を払ったオランダのヘーシンク選手……。人々に感動や希望を与える五輪の意義を伝えたかったのだろうが、思い出語りだけでは、コロナ禍の下、なぜ五輪なのかという問いに答えたことにはならない。

 党首討論は国民が政治家の資質を見極める機会であり、政治と国民の距離を縮めるうえでも役立つとして、社説は今国会の開会にあたり、月1回の定期開催を呼びかけた。実際は会期末まで残り1週間という段になっての実現。与野党には月1回をめざすとした14年の申し合わせを思い起こしてほしい。

 二大政党制を想定した現在のやり方に課題があることは確かだ。例えば、今回の討論の割り振り時間は、立憲民主党30分に対し、日本維新の会、国民民主、共産の各党は5分ずつだった。この短さでは、まともな議論などできようはずがない。全体の時間を延ばしたり、開催頻度を高めたりすることで、各党が十分な時間を確保できるような工夫を求めたい。