(社説)五輪の観客 科学置き去りの独善だ

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 「普通はない」はずのパンデミック下での五輪の開催を強行し、含みを残しながらも、専門家が「望ましい」とする無観客方式を採ることもしない――。

 このまま突き進めば「コロナに打ち勝った証し」どころか、科学的知見を踏みにじる「独善と暴走の象徴」になりかねない。とても納得できない。

 国際オリンピック委員会東京都、政府などによる5者協議が、きのう開かれた。都などに発出されているまん延防止等重点措置が解除されるのを前提に、東京五輪について、原則として競技会場の収容定員の50%以内、上限1万人まで観客を入れる方針を確認した。

 政府の対策分科会が先週了承した大規模イベントの入場規制措置を踏まえたというが、その分科会は「五輪は別」と説明していた。「より厳しい基準で」という感染症の専門家らの意見は事実上無視された格好だ。

 都合のいい話のときは専門家を尊重し、そうでなければ取りあわない。政府が昨年来とってきた態度そのものではないか。

 五輪では、複数の競技が近接した会場で終日行われる。プロ野球やサッカーのJリーグなどと決定的に違う点だ。

 朝日新聞の試算では、「上限5千人」としても、7会場が集まる東京臨海部の半径1・5キロ圏内に、1日最大で延べ6万8千人ほどの観客が見込まれる。大会のボランティアなども含めれば人数はさらに膨らむ。

 社説は先月、今夏の開催中止の決断を菅首相に求めた。その主張に変わりはないが、あくまでも大会を開くというのなら、その中でリスクの最小化に向けて採り得る限りの手段を採るのが為政者の責務だ。分科会の尾身茂会長ら専門家有志が18日に公表した提言を真摯(しんし)に読めば、「有観客、1万人」などという話にはならないはずだ。

 提言はまた、観客を入れるとしても、感染拡大や医療逼迫(ひっぱく)の兆しがある場合は「時機を逸しないで無観客とすること」を求めている。最近の東京の感染状況や人の流れ、変異株の広がりを考えればもっともな指摘だ。

 5者協議も柔軟に対応することで合意したというが、懸念はぬぐえない。これまで五輪関連の日程から逆算して様々なスケジュールを組み立て、緊急事態宣言の期間や感染防止策も決めてきた感のある政権だ。

 どんな状況になればいかなる措置をとるのか、わかりやすい判断基準をすみやかに国民に、いや世界に示す必要と責任がある。五輪への影響を考えて宣言や重点措置の発出・解除が左右されるようなことがあってはならない。これもまた、改めて言うまでもない当然の理である。

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