(声)人の触れ合いあってこそ五輪

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 国際ボランティア 三輪佐和子(東京都 77)

 1964年の東京五輪の時、競技通訳をした。当時、私が通う大学にフランス語を競技用語とするフェンシングの通訳派遣の依頼があった。本番では、外国人監督からの異議があって冷や汗をかきながら、何とか務めを果たしたことを懐かしく思い出している。

 今回の五輪・…

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