(社説)西村氏の発言 信頼が失われるばかり
目的のためには手段を選ばぬような粗雑な発想では、政策の遂行に不可欠な社会の支持は到底得られない。為政者はそのことを肝に銘ずべきだ。
新型コロナ対応を担当する西村康稔経済再生相が、飲食店に酒を出させないため、業者にお金を貸している金融機関に「働きかけ」を依頼する方針を表明した。すぐに撤回に追い込まれたが、同時期に酒の卸業者に出した「酒の提供を続ける飲食店との取引停止」の依頼は取り消していない。西村氏は「メディアや広告での扱い」にも触れ、「順守状況に留意するよう依頼を検討」としていた。現時点でも、問題をどこまで自覚しているのか、極めて疑わしい。全面的に方針を改めるべきだ。
コロナ対策の特別措置法では、緊急事態宣言などの地域では、酒を出す飲食店に時短や休業を要請・命令でき、従わない場合は罰則もある。だが、取引先を通じて経営に打撃を与えるようなことは、特措法にも緊急事態宣言の基本的対処方針にも書かれていない。
それゆえ「働きかけの依頼」のかたちをとったのだろうが、金融庁や国税庁といった規制官庁からの「依頼」は、事実上の強制になりがちだ。一方で、金融機関は、ただでさえ資金繰りの厳しい飲食店の死命を制する力も持ちうる。結果として過剰な制裁になりかねない。
実行が民間に委ねられるため、政府や行政機関の責任や判断基準があいまいになるのも大きな問題だ。業者間に疑心暗鬼が広がれば、民間経済の基盤である取引上の信頼関係に傷を残す可能性もある。
緊急事態宣言が繰り返され、営業制限の要請や命令に応じない動きが広がっているのは事実だろう。感染抑止上の問題に加え、要請を守る店からすれば不公平感も募る。企業の法令順守の姿勢自体も重要だ。
だが、コロナ禍の長期化で追い詰められた飲食店も多い。東京ではこの半年余り、休業や時短、酒の提供禁止の要請が断続的に出ている。支援の協力金は支給の遅れが指摘されて久しく、先渡しの仕組み作りが始まったばかりだ。いま必要なのは、公平で迅速な給付を実現したうえで、行政自身が営業制限が必要な根拠を示し、粘り強く理解を求めることではないか。
政府はこの間、コロナや五輪の対応で、希望的観測や根拠なき楽観に安んじては、感染拡大の厳しい現実の前に新たな対応を繰り返し迫られてきた。国会は閉会したままで、十分な議論もできていない。自ら招いた準備不足に浮足だち、場当たり的に強権的な手法に飛びつくようでは、信頼は失われる一方だ。