(声)平和のバトン 復員の父、待っていた沖縄は

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 無職 呉我愛子(沖縄県 64)

 亡き父親が、幼い私に語る戦争の話は尽きなかった。太ももの傷痕は爆弾の破片でけがを負ったという。父が何度も口にするので、インドネシアという国名を覚えた。

 1945年8月、父32歳のとき、太平洋戦争が終結した。外地からの引き揚げ先の福岡で、ふるさと沖縄は「玉砕した」…

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