(社説)閣僚靖国参拝 首相に歴史観はあるか

[PR]

 菅政権になって初の「終戦の日」のおととい、3人の閣僚が靖国神社に参拝した。菅首相は参拝せず、自民党総裁として私費で玉串料を納めるにとどめたが、その2日前には、自衛隊を指揮監督する立場の防衛相を含む2閣僚の参拝もあった。敗戦から76年、首相自身の歴史観もまた厳しく問われる。

 15日に参拝したのは萩生田光一文部科学相、小泉進次郎環境相、井上信治科学技術担当相。萩生田、小泉両氏は昨年に続く。13日は岸信夫防衛相西村康稔経済再生相。現職の防衛相の参拝は16年末の稲田朋美氏以来のことだ。

 萩生田氏は「自国のために尊い犠牲となられた先人に、尊崇の念を持ってお参りするのは自然な姿だ」と語った。しかし、軍国主義の精神的支柱となった国家神道の中心的施設に、閣僚ら政治指導者が参拝することは、遺族や一般の人々が犠牲者を悼むのとは、全く異なる意味を持つ。日本が過去への反省を忘れ、戦前の歴史を正当化しようとしていると受け取られても仕方あるまい。

 靖国神社には、先の戦争を指導し、東京裁判で責任を問われたA級戦犯14人が合祀(ごうし)されてもいる。サンフランシスコ講和条約東京裁判を受け入れ、国際社会に復帰した、戦後日本の歩みの否定にもつながりかねない。憲法が定める政教分離の観点からの疑義もある。

 戦争の経験者が減り、記憶の風化が懸念されるなか、歴史からどんな教訓をくみとり、未来に生かすのか。全国戦没者追悼式での首相の式辞は、昨年の安倍前首相のものを、おおむねなぞるだけで、自前の見識や思いは示されなかった。

 93年の細川護熙氏以来、歴代首相はアジアの近隣諸国に対し、「深い反省」や「哀悼の意」を表明してきた。ところが、安倍氏は第2次政権下で加害責任に言及するのをやめ、首相も今年、同様に触れなかった。安倍政権の「継承」を掲げてその座に就いた首相は、歴史認識も踏襲するのだろうか。

 15日には、安倍氏も靖国神社に参拝した。現職の首相当時は、就任1年後の13年末に一度参拝したきり、見送っていたが、昨年9月の退任後は折に触れ参拝を繰り返している。

 首相は官房長官当時、沖縄の苦難の道のりへの理解を求める翁長雄志知事に「私は戦後生まれで、歴史を持ち出されても困る」と述べた。先日の広島での平和記念式典では、核廃絶への被爆国としての役割に触れた最も重要な部分を読み飛ばした。歴史に真摯(しんし)に向き合うことなしに、首相の責務は果たせないと知るべきだ。