(社説)米国のアフガン撤退 この「敗北」から何を学ぶか

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 米国が自らの史上最長の戦争を終えた。20年間の戦闘と駐留を経て、最後の米軍機がアフガニスタンの地を飛び立った。

 深夜に、誰からも見送られることなく撤退した米国の姿は、「歴史的な敗北」と形容するのが正しいだろう。あとに残されたのは、20年前と変わらぬ武装勢力の支配と、暴力に苦しむ膨大な人々の悲劇である。

 アフガニスタンからイラクへと戦火を広げ、80万人ともいわれる命を奪い、700兆円を費やした「テロとの戦い」は、どこで道を踏み外したのか。

 米国と国際社会は、この沈鬱(ちんうつ)な失敗を直視し、教訓をくみ取らねばならない。

 ■任務は未完のまま

 バイデン米大統領は「アフガニスタンでの駐留は終了した」と宣言した。現地司令官は「任務は完了した」と強調した。

 だが米政府による幕引きのメッセージと、今なお深まる混乱との落差はあまりに大きい。

 この20年間に外国政府や軍に協力し、退避できずにいるアフガン人は数万人にのぼるとされる。国連は年末までに約50万人が難民になると予測する。

 イスラム主義勢力タリバンが市民の退避を今後認めるかどうかは不透明だ。脱出した市民をどの国が受け入れるか、残された女性らの人権はどうなるのかも、見えていない。

 治安の悪化のなかで憂慮されるのは、この国が再びテロ組織の温床になることだ。

 バイデン氏は「国外からでも退治できる」と語るが、それが無人機などによる空爆を意味するならばゆゆしき問題だ。

 カブールでは、今週も米軍の無人機攻撃で、子供を含む民間人が死亡したと伝えられる。地上要員がいなくなれば、誤爆のリスクはさらに高まる。

 それでもバイデン氏を性急な撤退に突き動かしたのは、「永遠の戦争」から抜け出すことが米国民の民意と国益にかなうとの確信があるからだろう。

 確かに米国が永続的に駐留するわけにはいかないが、これほどの内乱に地元を置き去りにするのは無責任に過ぎる。

 ■20年間の米国の退潮

 加えて今後も続ける空爆被害を地元に負わせるならば、タリバンへの追い風になった反米感情をさらにあおるだろう。

 「失敗国家」の民心の荒廃と憎悪が、20年前の米同時多発テロの背景だったことを思い出せば、任務は「完了」どころか、「途中放棄」ではないか。

 つまずきは20年前に始まっていたとみるべきだ。

 冷戦後の「唯一の超大国」だった米国はテロ後、アフガン攻撃を始め、タリバン政権を倒した。さらにイラクにも侵攻し、フセイン体制を崩壊させた。

 いずれも軍事力で「敵」を排除すれば、米国の望む政治体制を据え付けられるという発想が強かった。戦線を広げるにつれ、テロの土壌にある地域紛争や貧困、格差の是正に取り組む機運は薄れていった。

 武力を背景にした体制転換は容易に進まない一方、米国による「テロ容疑者」の長期拘束や拷問などの人権侵害もおきた。その混沌(こんとん)のなかで、新たな過激派組織「イスラム国」(IS)も生まれた。

 バイデン氏は「米国の使命は国造りではなく、米本土へのテロ攻撃を防ぐことにあった」と言う。それは図らずも、かつての超大国が自らを過信し、直面した限界の吐露でもあろう。

 この20年間に、戦争の泥沼化の一方、米国自身が金融危機やトランプ現象などを経て、国力も威信も凋落(ちょうらく)した。

 米本土に差し迫る脅威がなければ、世界に力を注ぐ余裕はない。それが本音だろう。アフガニスタン撤退は、対外的に圧倒的な力を行使できた米国パワーの時代が完全に終わったことを象徴している。

 ■対テロの結束を再び

 アフガニスタンの安定と復興は軍事中心から外交による調整作業に移る。その担い手は国際社会全体に委ねられる。

 バイデン政権は今後の対外戦略を、中国・ロシアとの覇権争いに集中させる意向といわれ、対抗するように中ロは独自にタリバンと接触を図るなど影響力の確保に動き出している。

 しかしこの地域を二度とテロの温床にしないことは、世界全体の利益だ。米中はじめ主要国は、タリバンを交えた安定体制づくりを急がねばならない。

 これまでも国際社会はアフガン復興に多面的な関与をしてきたが、それは米軍主導下の試みだった。今後、国連などで新たな多国間のテロ対策を立ち上げ、結束する必要がある。

 西欧流の国民国家がアフガンの部族社会になぜ根づかなかったのか。過激思想を根絶できないのはなぜか。その答えを探す一歩は、謙虚に地元代表らとの対話を始めることだろう。

 日本は米主導の対テロ戦争に加わり、アフガン復興会議を開いた経緯もある。20年間の努力を挫折で終わらせないために、国際社会の協調づくりに向けて行動するべきだ。

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