(社説)満州事変90年 歴史を複眼視する重み

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 9月18日が何の日か、知っていますか。

 90年前のこの日、中国東北地方の奉天(いまの瀋陽)郊外の柳条湖で、鉄道の線路が爆破される事件が起きた。

 日本の関東軍の謀略による満州事変の勃発であり、中国侵略の起点となる事件である。その後、日本と中国は断続的な戦闘を繰り返し、泥沼とも言われた全面戦争へと進んでいく。

 日中戦争全体での死傷者数は、日米間の戦いをはるかに超える。中国では9月18日は盧溝橋事件の7月7日とともに「国恥の日」と呼ばれる。

 だが日本では、この日はそれほど意識されない。名古屋大学名誉教授の安川寿之輔(じゅのすけ)さん(86)が大学生を対象に毎年続けている調査でも、中国との戦争がいつ始まったのかを答えられる学生はあまりいないという。

 被害の記憶に比べ、加害の歴史の伝承は難しいと言われる。ましてや、それを証言する人も少なくなってきている。

 1940年に徴兵され、中国戦線に送られた体験を語ってきた三重県の元日本軍伍長、近藤一(はじめ)さんは今年の5月に亡くなった。101歳だった。

 中国人捕虜の刺殺訓練や、多くの人を縦列させて銃殺する貫通実験……。戦友らからは「仲間の恥をさらすな」と疎まれたが、それでも証言を続けた。「あったことを隠したら、戦争の実像が伝わらない」と話していた。

 中国での残虐行為と、後に転戦した沖縄で仲間の兵隊が無残に殺されていった記憶。近藤さんにとっては、その二つの体験をともに語ることがあの戦争を伝えることだった。

 現在に目を転じれば、中国は周辺国の懸念をよそに強引な軍拡路線を強めている。これに呼応し、日本でも専守防衛をないがしろにするような危うい政治の動きが目立つ。

 歴史は同じ形では繰り返さないが、時に立場を変え、手段をたがえ、韻を踏むものだ。20世紀前半と現在では多くの条件が異なるとはいえ、過ちを繰り返さないための視座を過去に求める努力を怠ってはなるまい。

 その際に不可欠なことは、自国だけでなく、関係する他国の目線でも過去を顧み、思考することだ。当時の自国の行動と思惑が他国にどう映り、なぜ誰も望まぬ破局に陥ったか。

 自らを相対化する複眼的な歴史観と分析がなければ、現在に有効な外交・安全保障政策も創出できない。その基本が、加害・被害を問わず、史実を謙虚に受け止め伝えることだろう。

 9月18日という日が何の日なのか。忘れずに、心にとどめていきたい。

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