(社説)「経済安保」法案 かけ声先行は危うい

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 政府が「経済安全保障」の推進を掲げた法案づくりに動きだした。安全保障は狭義の軍事以外にもかかわるため、国際環境や技術の変化に応じて経済との関連を議論し、手を打つことは理解できる。ただし、前のめりになって過剰に網を広げ、国内調達や輸出管理の強化が過ぎれば、国際分業の利益を失う。必要最低限にとどめるべきだ。

 政府は先週、内閣官房に経済安全保障法制準備室を設けた。来年の通常国会で提出を目指す法案は、(1)重要物資の供給網強化(2)基幹インフラの安全性確保(3)先端技術の育成・支援(4)特許非公開の仕組み――といった内容が柱とみられる。

 日本はこれまでも軍事技術の拡散防止や輸出管理の国際的枠組みに参加してきた。食糧やエネルギー面での安全保障を念頭においた施策や、インフラ関連の外資規制も講じている。基礎研究への支援は「経済安保」以前に政府の役割の一つだ。

 一方、近年自民党内などで「経済安全保障」のかけ声が強まってきた背景には、中国の台頭と技術のデジタル化、その下での米中対立の激化がある。先週末の政府の会合の資料では、海外での輸出管理などの法制度づくりの進展が指摘された。

 米欧との協調を含めた対応策の検討は、企業の国際展開のためにも一定程度必要だろう。だが、多義的に使われる「経済安保」を錦の御旗のように用い、支援や規制の範囲を広げていけば、経済活動への副作用も拡大する。ひいては当の安保の目的とも整合しなくなりかねない。

 自民党の昨年12月の提言は、経済安保を「わが国の独立と生存及び繁栄を経済面から確保すること」としたが、戦後の日本は、各国間の分業による互恵の享受を通じて「独立と生存及び繁栄」を実現してきた。個別企業・産業での利得だけでなく、自由貿易体制の担い手として外交上の地位も確保している。そうした利点を損なう危うさを過小評価してはならない。

 とりわけ供給網強化などは「産業政策」との境界があいまいで、過去の失敗を繰り返すおそれもある。半導体関連で支援策が先行しているが、「重要分野」に限っても、国内生産の範囲をいたずらに広げることは現実的ではなく、かえって日本経済の弱体化につながりうる。

 支援にしろ規制にしろ、「安保」を名目にしたときの懸念は、決定過程や運営の不透明化だ。政府の介入が過剰かつ裁量的になれば、それ自体が企業や研究者を萎縮させ、競争をゆがめる。強権やスローガンではなく、熟慮にもとづく民主的決定こそが経済繁栄の基礎であることを思い起こす必要がある。

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