(社説)岐路に立つ民主主義 融和の政治で復権めざせ

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 1年前、世界は民主主義の凋落(ちょうらく)を象徴する光景を目の当たりにした。米国の連邦議事堂を大勢の暴徒が襲い、流血の場と化した衝撃の事件である。

 混乱の後に就任した大統領は米国の結束を訴え、民主主義を守ると国の内外に誓った。しかし残念ながら、その後も世界は混沌(こんとん)の色を深めている。

 ■排除の具と化す選挙

 既存の秩序に力で挑む中国やロシアだけではない。民選の指導者が専横をふるう国、選挙結果を軍政が踏みにじる国など、強権政治が各地にはびこる。

 30年前に冷戦のくびきから放たれた「自由」と「民主」は、なぜ危機に陥ったのか。立て直す道筋は何か。その答えを探すにはまず、先進国自らが足元を見つめ直さねばなるまい。

 今年も韓国、フランス、日本、米国などで国政の行方を決する選挙がある。論戦を通じ、新たな秩序形成の時代にふさわしい統治理念と国際協調の構築を考える1年になるだろう。

 米国は大戦後一貫して、民主主義の模範を名乗り、世界に浸透させる使命を自任してきた。だが、その役割が果たせなくなりつつある現実を印象づけたのが議事堂への襲撃だった。

 事件は、大統領選の結果を受けた議会手続きを阻もうとトランプ氏側近が企てた末に起きたとされる。背景にある分断は、その後も深まるばかりだ。

 共和党支持層の7割が今も大統領選を不正と考えているとの調査がある。黒人や貧困層らの投票を妨げたり、選挙区の線引きを恣意(しい)的に変えたりする選挙制度の改変も後を絶たない。

 幅広い国民に目配りする政策を競うのではなく、既存の支持層を囲い込んで対立を強める。選挙がそんな排除の政争の具に堕すれば、国民融和は遠のき、政治不信がいっそう深まる。

 憂慮すべき動きは世界各地で相次いでいる。

 今年10月に大統領選があるブラジルでは、劣勢が伝えられる現大統領が制度の不正を訴え、結果を受け入れない構えを示している。欧州連合の一員であるハンガリーではすでに与党有利に選挙制度が改正され、排外的な右派勢力が伸長した。

 ■敵意をあおる危うさ

 民主主義の信頼が傷ついた要因は複雑に絡み合っている。

 先進民主国では冷戦後、経済のグローバル化や技術革新で格差が広がった。成長から取り残された層に民主主義は豊かさを約束してくれなくなった。

 怒りの矛先が、米欧などではエリート層や、異なる人種や宗教へと向かう。高学歴層と低学歴層、富が集中する都市と衰退する地方など、アイデンティティー(帰属意識)に基づく様々な分断が社会を切り裂いた。SNSとコロナ禍で異論と交わる場は狭まるばかりだ。

 一部政治家が敵対心をあおって支持拡大を図っている。「異なるアイデンティティーの台頭は脅威と認識される。恐れや憎悪などの感情がもたらす効果は絶大」(米政治学者のフランシス・フクヤマ氏)だからだ。

 米議事堂を襲った動機や背景を分析しているシカゴ大学の研究チームは「白人の地位が移民や少数派に取って代わられる」との恐怖心があったとみる。今年4月のフランス大統領選に向けても、出馬を予定する極右候補は「イスラムがわれわれに置き換わろうとしている」と主張し、支持を広げている。

 外国籍の人びとの人権尊重や人種差別反対などの主張に、反発や中傷が浴びせられる日本の状況も、そうした傾向と無縁ではないだろう。

 民主主義の基盤は平等と包摂であり、社会の特定層を不満のはけ口とするような政治は持続可能とはいえない。

 ■市民の協業を広げて

 各国の指導者がまず知恵を絞るべきは、経済格差や機会不均等のひずみを正すための社会経済・福祉政策の改善である。

 社会の安定と発展の牽引(けんいん)役である中間層を支えつつ、低所得層や少数派を底上げする包括的な手を打つ必要がある。子育て世帯の税控除や職業訓練の拡大など、バイデン米政権がめざす支援策は第一歩だろう。

 そのうえで公正な選挙実施はもちろん、他政党や一部支持層を敵視する言動は慎み、政策本位の論戦を交わすべきだ。

 移民・難民問題や米中対立など、どの国も単独では対処できない問題が山積している。昨年引退したメルケル前独首相が言うように、国際協調こそが現代世界の忘れてならぬ原則だ。

 その推進役は、必ずしも為政者だけではない。国境を越えた市民の活動が、グローバル問題の最前線で目立つ。

 米軍が撤退したアフガニスタンにとどまって人道支援を続けるNGO。気候危機対策を訴える若者たち。核廃絶をめざすネットワークの人びと等々。

 国と国の競争と緊張が強まる時代だからこそ、市民同士の連帯や協業による多様な国際世論づくりの場を広げたい。世界の民主主義を再生する主役はあくまで、市民であると信じて。