(社説)「新しい資本主義」 「関係の網」 視野に入れて

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 『世界は「関係」でできている』――イタリアの物理学者でベストセラー作家のカルロ・ロヴェッリによる近著の邦題だ。量子論の最先端の知見から、世界はバラバラに成り立つ「物」の集まりではなく、相互に影響しあう「関係の網」と捉える視点が大事だと説く。

 誤解を恐れずにイメージを借りれば、経済の営みもまた「関係」でできている。例えば自動車の部品は約3万点。巨大な分業―供給網(サプライチェーン)の背後に、様々な働き手の仕事や生活、地域社会や地球環境への影響が広がる。

 ■「市場の働き」の改善

 とはいえ私たちがふだん主に気にするのは、目の前にある商品やサービスの値段や品質だ。それ以上は知ろうにもなかなか分からない。その範囲の情報から、個々の企業や消費者が自己の利益になるように判断しても結果的に、社会的にもおおむね最善になる――そういう「見えざる手」の存在が、市場や資本主義の利点だと思われてきた。

 一方ここ数年、格差拡大や気候危機の深刻化を背景に、市場原理や株主利益を至上とする方向に振れすぎた経済のあり方を再考する動きが強まった。経営者や政治家も「ステークホルダー(利害関係者)」重視や「資本主義の再構築」を論じる。

 コロナ禍も拍車をかけた。主要国で政府支出が大きく増え、日本でも岸田政権が「新自由主義の弊害」を語り「分配」を強調する。低所得層への再分配の強化や、保健医療、環境対策などの充実に結びつくなら、歓迎できる。看板倒れに終わらないよう有言実行を望みたい。

 ただ、政府は万能ではないし、グローバル化で一国では解決が難しい課題も増えた。誤った方向に肥大化すれば、市場の効率性や技術革新を損ねて本末転倒になるおそれもある。

 であれば、そもそもの市場の働き自体を改善することも重要だろう。従来の取引で考慮の外にあった社会への影響をあらかじめ取り込む仕組みをつくる。その際、背後の「関係の網」を広く視野に入れる。実際にそうした動きが進みつつある。

 ■供給網をさかのぼる

 日用品メーカーの花王グループは、昨年、酒田工場に大きな太陽光発電設備を導入した。投資の判断材料になったのは、グループ内で設定している「内部炭素価格」による計算だった。

 炭素価格は、社会に負荷を与えるCO2の排出に見合って企業が負うべきコストを金額にした値だ。花王のこの投資では、太陽光によるCO2の削減量分を金額化すると、投資額の25%に達したという。

 自社の直接排出やエネルギー調達で内部炭素価格での判断を広げる一方、原材料や輸送などの供給網での排出量の把握も進め、削減を目指している。

 「ビジネスと人権」の関係でも、供給網を通じた社会への影響が焦点だ。国連人権理事会の2011年の「指導原則」が人権尊重を企業の責任と位置づけ、各国で制度づくりが進む。国際人権規約に加え、強制労働の禁止や雇用・職業差別の撤廃、団結権の保護といった中核的労働基準が、供給網全体で守られていることを目標とする。

 実行の柱が「人権デューデリジェンス(課題の特定と対処)」だ。経団連も先月、手引書をまとめた。「日本ではまだ新しい考え方で、地道な周知が必要」(長谷川知子常務理事)という。デューデリジェンスは供給網をどこまでさかのぼるべきなのか。「欧米企業でも直接の契約先が限界との声が多いが、海外の法律にはより上流まで求める傾向もある。模範解答はなく、優先順位をつけながら創意工夫するしかない」という。

 ■問われる政府の役割

 供給網への視点は企業の責任や負担の範囲を広げる。重荷にも見えるが、明確な目標と一定のルールの下で個々の企業が平等に競い合う仕組みにできれば、経済と社会が支え合ってともに前に進む原動力にもなる。そのためには公正な制度と幅広い社会的合意が不可欠であり、そこでは政府の役割も重要だ。

 経済安全保障の議論でも、供給網の観点が強調されている。確かに、国民の生命に直結するような物資や技術の確保については、供給網全体を見渡す必要があるだろう。だが、経済安保の目標は抽象的で、国ごとに利害が異なり、時々の情勢にも左右される。運用が不透明ならば経済も傷みかねない。とくに政府自ら特定産業の育成に乗り出すのは、能力を超えたあしき肥大化にもなりうる。

 企業の供給網を語るのであれば、従業員や下請け企業にも目を向けなければならない。岸田政権も賃上げ促進や買いたたきの抑止などを掲げるが、実効性は担保されているのか。一過性に終わらせぬよう、政策決定や企業統治にあたって、株主や経営者以外の利害をより反映する枠組みが求められている。

 「新しい資本主義」のかけ声だけでは、賞味期限はすぐ切れる。どこに向かって進むのか。具体的に示すべき年である。