可能性、女性が自ら育めるように 朝日教育会議
■東京女子大×朝日新聞
新しい社会像「Society5・0」の中で、女性がしなやかに活躍していくためのリベラルアーツ(教養)教育とは何か。東京女子大学は、朝日新聞社と大型教育フォーラム「朝日教育会議2021」を共催し、これからの女子教育について議論した。
【昨年12月5日に開催。インターネットでライブ動画配信された】
■基調講演 それぞれの「美」へ、前例なくても挑戦を ポーラ代表取締役社長・及川美紀さん
私たちは今、狩猟、農耕、工業、情報社会に続き、AI(人工知能)やビッグデータなどを活用した新しい社会像「Society5・0」を迎えています。企業もこれまでのように業績や利益を追求するだけでなく、自社の「パーパス(存在意義)」を問い直し、社会課題の解決に貢献していかなくてはなりません。ポーラの取り組みを紹介します。
コロナ禍は企業のもつ価値を再定義する機会になりました。ポーラは長年、化粧品の訪問営業などで対面接客をしてきましたが、お客様の肌に触れて提供するサービスは大幅に制限されました。これをきっかけに、化粧品の枠を超えて「豊かな時間の提供」をめざす新しい事業の領域を探しています。
採用方針を変えました。コロナ禍を経た今、スピード感をもって新しい領域に挑戦できる人材を求めています。これからは先輩社員が経験したことがないことも起こりえます。会社の言うことを黙って信じて動くだけではなく、自分で考えて提案することが重要です。
お客様への「美しさ」の提案の仕方も変わりました。ポーラでは2年前から、モデルや俳優などをコマーシャルに起用することをやめました。SNSの普及などメディアの形が変わり、一つのロールモデルを追い求めるのではなく、自ら美しさを表していく時代になったと考えたからです。お客様それぞれに自身の求める美しさを持ってもらうため、またそうした人々の多様な心理や価値観をしっかりとつかんでいくために、企業側も社員一人ひとりが「個の力」を発揮しなくてはなりません。
ビッグデータの活用について、30年以上にわたる主力商品「APEX(アペックス)」の事例を紹介します。シミやシワ対策などお客様個別の肌に対応するサービスとしてスタートし、これまでに1910万件を超える肌の分析データを蓄積してきました。これら肌のビッグデータに、現在は紫外線や大気汚染物質といった気象情報を取り込み、地域ごとの環境も考慮した化粧品へと進化させています。例えば宮城県生まれの私の肌は、現在暮らしている埼玉県の気象下ではどのようなケアが適しているか、といった予防的なアドバイスも可能になるのです。
また、肌のビッグデータから各都道府県の肌の特徴を導き出し発表してきた「美肌県グランプリ」では47位までの順位発表をやめて、上位3位と肌の要素別に設けた部門賞だけにしました。順位を付けることが目的ではないと気づいたからです。「果物がおいしくてビタミンが取れる」「夜が長いので睡眠時間をとりやすい」など、地域によって美肌につながる良さはそれぞれあり、自分の住む地域へのポジティブな愛着につながって欲しいと思っています。美肌県グランプリから派生した「美肌県ツアー」という新たな取り組みも始めました。
ビッグデータを活用したAPEXも、化粧品の枠を超えた美肌県ツアーも、社員の声から生まれました。いくら技術やデータがあっても活用の仕方を提案する人がいなければ、宝の持ち腐れです。Society5・0の社会では、思考と疑問を投げかけることを繰り返し、答えのない問いにも挑戦する人が活躍していくことでしょう。
男女格差や女性の貧困といった課題をどう克服していけばいいのでしょうか。ポーラではビジネスパートナーを含めて現在約3万5千人が働いています。その9割が女性ですが、創業当初をさかのぼると、化粧品の販売は男性の仕事でした。そこへ一人の女性が「女やったら、あきませんか」と訪れ、女性販売員が誕生したのです。一声を上げた女性と、女性の可能性に蓋(ふた)をしなかった男性との組み合わせは、まさにダイバーシティー(多様性)であったと誇りに感じています。ジェンダー(社会的性差)も社会の不平等も無くなるものではありませんが、蓋をせずに超えていくことで、より良い社会が実現すると信じています。
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おいかわ・みき 1969年生まれ、宮城県出身。東京女子大学文理学部英米文学科卒業。91年、ポーラ化粧品本舗(現ポーラ)入社。販売第一線の営業支援を務め、その後商品企画・宣伝・事業本部などの責任者を経験。2020年1月から現職。
■パネルディスカッション
パネルディスカッションには及川さん、東京女子大学の小田浩一・現代教養学部長、NPO「Gender Action Platform(ジェンダー・アクション・プラットフォーム)」理事の大崎麻子さんが登壇。女性が活躍するために求められる教育の役割について議論した。(進行は片桐圭子・朝日新聞出版AERA編集長)
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――いま、女子校の意義をどう考えればよいでしょうか。社会が多様化する中、学びの場が「シングルジェンダー」、つまり女性だけでよいのかという問いがあります。
及川 私は高校、大学と女子校でした。集団の中でどんな役割を果たせるのか、自分の得意技は何かを考えるようになれたと思っています。女性の主体的自立にはやはり経済面の自立が重要で、そのために女性は自分のできることを表明していかなくてはなりません。社会の中にはまだ通念上の男女の役割があり、意識しないうちにそれに縛られている場合があります。女子校では「自分は女性だから」という理由で、何かにひるんでしまう場面がそもそもありません。ある種限定的な世界だからこそ見つけられたことがあったと感じています。
小田 心理学の研究では、女性はネガティブな期待に非常に弱い傾向にあるといわれています。仮に共学の環境の中にいて、「女性はこんな行動はしない」「女性はこうするものだ」といった期待を受けると、自分の可能性を摘んでしまいかねません。もちろん大学から一歩外に出れば男性がいて、社会の荒波が待っています。大学の中だけは安全に、自分を育てることができる環境に意義があり、それが女子別学の理由の一つです。また、女性と男性を一緒の環境に置くことだけが多様化ではありません。個性とは性別を超えた幅広いものですから、「女子校だから多様性がない」という指摘は全く当てはまりません。
大崎 日本では性別による役割分業が定着してしまっています。これは戦後、カップルのうち1人が外に出て労働力を提供し、もう1人が出産や家事育児、介護、地域活動を担うのが効率的とされ、この家族モデルに基づいて税と社会保障制度が作られたことが大きく影響しています。しかし人口動態や産業構造そのものが変化した今、この古い仕組みも変えていかなくてはなりません。その根幹がジェンダー問題と女性のエンパワーメント(力づけ)でしょう。生涯働き、学び続ける女性を後押しする文化や教育が大切です。同時にこれまでの「男性は24時間働くもの」という前提も解消していく必要があります。
――女性たちが自分らしく、普通に楽しく働くために、女子教育は今後どうあるべきでしょうか。
小田 女性に対する待遇がいまだに良くならない中で、大学は学生たちを社会に送り出しています。女子学生たちは雇われる立場にあるという不安から、社会側の要求に応えようと、おのずと男性的な視点を内在化させてしまっている。女子大で学ぶからには、そこを打破し、女性が持つ視点や可能性を主張できる人になって欲しい。リベラルアーツには選挙をはじめとした政治参加も含まれる、などと伝えることも方法の一つだと思います。
及川 これまで企業には、女性に労働力としての期待はあっても、経営に関わる意思決定や未来を切り開く存在としての期待は薄かったように感じます。しかし予測できない社会を生き抜くためにも、既存の価値観とは異なる意見や新しい思考を持った人材を求め始めています。今後さらに変わっていくでしょう。大学や他の企業とも協力して発信していきたいです。
大崎 最近の若い女性たちは政策提言能力が高いと気づき、驚いています。「生理の貧困」「就活セクハラ」、また、世界的には女子教育の障壁といわれている電車内の痴漢が国内では日常のこととして矮小(わいしょう)化されている問題について、高校生や若者たちの団体が政策提言をし、実際に反映された例があります。社会課題を深く勉強してきちんとしたデータを示していますし、SNSを活用した世論形成がとてもうまい。選挙に立候補するばかりでなく、政策決定のプロセスに参画することで政治に参加しているのです。
小田 政策提言に直接参加している若い女性たちは、まだまだ限られた存在かもしれません。しかし、そんな同世代がいて、女性たちが意見を述べられるようになっていると知るだけでも、学生たちは勇気づけられるでしょう。及川さんの言うように企業が女性や若い世代に期待していることも、もっと伝えていかなくては。それが一番のエンパワーメントになるのだと思います。
――視聴者からの質問です。大崎さん、及川さん、仕事と家庭にパワフルに向き合う力の源は何でしょうか。
大崎 私は、女性が健康、教育、経済、社会・政治参画のすべての力を身に付け、エンパワーメントされる社会づくりのために活動を続けています。近年はジェンダー平等の国際基準を日本にも定着させるための政策や法整備への働きかけや、自治体や企業が抱える課題解決のお手伝いをしています。
大学院在籍中に第1子を出産し、その子が2歳半の時に、国連開発計画に入局。在職中に第2子が生まれ、ずっと仕事と子育てを並行してきました。励みになったのは、国連時代の同僚や上司からの「制度を活用しなさい」というアドバイスでした。それ以前は国連機関にも女性管理職が少なく、転勤や出張が多いことから定着率も低かった。ワーク・ライフ・バランスの整った職場にしようと、先輩たちが制度を作り上げたことが背景にありました。また出産を機に世界平和に目覚めたところがあるので、子どもの存在もモチベーションの一つかもしれません。
及川 完璧を求めず、許容ルールをたくさん設けることです。ほこりでは死なないし、お皿を一日洗わなくても大丈夫。娘に「おふくろの味は何?」と尋ねると、「コンビニ」と笑って答えたことがあります。私もそれを一緒に笑えるくらい自分を許す気持ちが大事です。ただこれは30年前の私の例です。これからは企業と同様、家族も分業し個の力を合わせる時代です。「チーム○○家」をどう作るか、家族で意見を出し合っていくのがこれからの時代のパワフルの秘訣(ひけつ)ではないでしょうか。
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おだ・こういち 1984年、東京大学大学院人文科学研究科博士後期課程中退(文学修士)。92年に東京女子大学現代文化学部コミュニケーション学科に着任し、2009年に同大現代教養学部教授。学内の様々な要職を経て、21年4月から現職。
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おおさき・あさこ 米コロンビア大学国際公共政策大学院修了後、国連開発計画(UNDP)に入局し、世界各地で女性のエンパワーメント支援に従事。現在はグローバル動向を熟知する専門家として国際機関、行政機関、大学、NPOなどで幅広く活動する。
■諦めなくていい、後押し続けたい 会議を終えて
ある中高一貫校の学校説明会に行く機会があった。開放的な校舎の共学校で、登壇した生徒たちの表情は自信に満ちていて好印象。だが、一つ気になったことがあった。委員会でも部活動でも「長」を務めていたのはすべて男子生徒で、女子生徒は常に「副」だったことだ。
相当数の「長」や「副」の生徒たちが登壇したので、偶然そうなったとは思えない。国を挙げて「女性活躍」が叫ばれるいまも、教育現場がこうした形で子どもたちに「アンコンシャスバイアス」(無意識の偏見)を植え付けてしまう実態を目の当たりにした経験だった。
その意味で、女子校で学んだポーラの及川社長の「女性を理由に何かにひるむ場面がなかった」という言葉には納得。女性であることは何かを諦めたり制限されたりする理由にはならないし、それを強いる社会であってはならない。このメッセージを伝え続けることは、教育機関、企業、そして私たちメディアの果たすべき役割だと再認識した。
そして、「女性」を「貧しいこと」「障害があること」「性的マイノリティーであること」などに置き換えて、同様にエンパワーしていくことも忘れたくない。(片桐圭子)
<東京女子大学> 1918年創立。現代教養学部の中に国際英語学科、人文学科、国際社会学科、心理・コミュニケーション学科、数理科学科がある。キリスト教の精神に基づくリベラルアーツ教育を基盤に、国際性・女性の視点・実践的な学びを重視した教育を展開。自ら考え、知識や能力を行動に移す「専門性をもつ教養人」を育成する。
■朝日教育会議2021
9の大学と朝日新聞社が協力し、様々な社会的課題について考える連続フォーラムです。「教育の力で未来を切りひらく」をテーマに、来場者・視聴者や読者と課題を共有し、解決策を模索します。概要紹介と申し込みは特設サイト(https://aef.asahi.com/2021/)から。すべてのフォーラムで、インターネットによるライブ動画配信を行います。(来場者募集の有無はフォーラムによって異なります)
共催大学は次の通りです。大阪公立大学、共立女子大学、創価大学、拓殖大学、千葉工業大学、東京女子大学、東京理科大学、法政大学、早稲田大学(50音順)
※本紙面は、ライブ動画配信をもとに再構成しました。
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