(多事奏論)福島復興の手がかり それぞれの大平山を登ろう 駒野剛

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 1月6日。青空の下、300メートル先は海が広がる。周囲が平原のような場所にポツンと東日本大震災の遺構施設が立っている。

 あの日まで、児童93人が学んだ福島県浪江町立請戸(うけど)小学校の旧校舎である。

 発災後、浪江町には最大15・5メートルの津波が押し寄せた。同町の震災による直接死182人の8…

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