気候変動、なすべき報道は 朝日新聞あすへの報道審議会

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 世界が気候変動対策を迫られています。温室効果ガスの排出を実質ゼロにできるのか、個人や地域で取り組めることは何か――。地球規模の課題に新聞社はどう向き合い、何を報じていけばよいのでしょうか。朝日新聞が2月5日に東京本社で開いた「あすへの報道審議会」で、パブリックエディター(PE)と本社編集部門の記者らが意見を交わしました。

 <パブリックエディター>

 ◇高村薫(たかむらかおる)さん 作家。「マークスの山」「土の記」など著書多数。1953年生まれ

 ◇山本龍彦(やまもとたつひこ)さん 慶応大法科大学院教授(憲法学)。1976年生まれ

 ◇小松理虔(こまつりけん)さん 地域活動家。福島県いわき市を中心に活動。1979年生まれ

 ◇小沢香(おざわかおり) 朝日新聞社員。前・フォーラム編集長。1966年生まれ

 ■EVや原発、現状を伝えて 高村PE/徹底した比較と選択肢を 山本PE

 坂尻信義ゼネラルエディター兼東京本社編集局長 気候変動は地球の命運がかかっている問題。昨年のCOP26(国連気候変動枠組み条約締約国会議)では多様な論点や読者の声を紹介し、幅広い世代に「我がこと」として考えてもらえるよう心掛けた。わかりやすい解説や現場ルポなど読まれるコンテンツをどう発信していくかが課題だ。

 小沢香PE 政府は温室効果ガスの排出量を2050年までに実質ゼロにすることや、30年度に13年度比で46%削減する目標を掲げている。各国も高い削減目標を出しているが、読者からは「達成できるのか」「遠い世界の出来事と感じる」といった意見が寄せられ、「腹落ち」していない様子が伝わってくる。

 香取啓介・東京科学医療部記者 気候変動をめぐる政策や外交交渉を取材してきたが、記事がそれほど読まれていないと感じる。米国の調査機関が世界31の国と地域の市民を対象に昨年実施した意識調査で、日本では大半が気候変動の影響を心配していたが、問題解決のために何かしようと思う人は少なく、気候変動対策はコストがかかると考える人が多かった。

 高村薫PE 私も腹落ちしていない読者の一人。削減目標に現実味があるのかどうか、記事を読んでもわからない。なぜ石炭火力をなくせないのか、なくしたらどうなるのか。ぶっちゃけた現実を伝えてほしい。

 山本龍彦PE 何がベストかわからない時は徹底した比較が重要だ。新しいエネルギー技術に対する専門家の評価を一覧にまとめるなど、様々な選択肢を読者に示してはどうか。

 長崎潤一郎・東京経済部記者 再生可能エネルギーだけではなく、燃やしても二酸化炭素が出ないため次世代のエネルギーとして注目される水素やアンモニアなど、新技術もわかりやすく報じていきたい。

 高村PE EV(電気自動車)は脱炭素の切り札になるのか。欧州では新車販売をすべてEVにして電力は足りるのか。トヨタ自動車はなぜEVの販売目標を引き上げたのか。そうしたことをより深く読み解く記事がないと、脱炭素も結局はきれいごとだと読者は戸惑うのではないだろうか。

 伊東和貴・国際報道部次長 ヨーロッパ総局員によると、EV転換を一気に進めるドイツフランスは日米と競う自動車産業を抱えており、産業競争上の駆け引きが垣間見える。また、EU(欧州連合)域内ではEV充電スポットの7割が独仏とオランダに集中し、普及が遅れている国もある。気候変動対策は「錦の御旗」だが、「理想的な欧州」で終わらないよう現実を丁寧に伝えていきたい。

 高村PE 温暖化対策に原発を活用する動きなど、欧州のエネルギー事情も詳しく伝えてほしい。

 伊東 ベルリン支局長によると、脱原発を進めるドイツでも原発の延命を訴える声が出ている。スウェーデンは1月に高レベル放射性廃棄物最終処分場計画を承認した。北海道の寿都(すっつ)町と神恵内(かもえない)村では最終処分地をめぐる文献調査が行われており、欧州の動きは日本でも関心が高いと思う。

 香取 日本の温暖化対策はずっと原発頼みで他の対策が進まなかった。東京電力福島第一原発事故後も原発の是非に集中し、大きなエネルギー転換の議論がない。原発の活用は世界の科学者の間でも意見が割れるが、温暖化を遅らせるにはあらゆる対策が必要との考えから容認する声がある。個人的には、新増設は難しいだろうが、当面の間は再稼働も致し方ないと思う。

 小松理虔PE 原発事故後、反対と賛成が交わることなく分断されたままだ。しっかり議論せずに、温暖化対策には何となく原発が必要だなという空気感だけが膨らんで、なし崩し的に原発を動かしていくことにならないだろうか。

 坂尻 東日本大震災で原発は恐ろしいものだとみんなが思った。記憶は薄れるが、あの恐怖は絶対に忘れちゃいけない。安全保障上の問題も含めて重層的な視点で原発について発信していきたい。

 ■読者の「わからない」代弁しては 小松PE

 小松PE 先日、国立環境研究所ワークショップで、日本は自然エネルギー100%にできるのか、費用やデメリットは何かといったことを参加者で話し合った。気候変動をリアルに考えるスイッチが入り、脱炭素の記事を生活と結びつけて読むようになった。そうした体験ができる場を新聞社もつくってはどうか。

 山本PE 100年後の地球の姿は想像力の限界を超える。デジタル版でビジュアルを駆使したり、VR(仮想現実)を活用して体験型コンテンツを出したりできていくといい。

 香取 英国でのCOP26では、米紙ニューヨーク・タイムズが現地でスウェーデンの環境活動家、グレタ・トゥンベリさんらを招いた討論会を開いていた。

 長崎 再エネの電気は大手電力会社より安くなるのかといった暮らしの目線も意識していきたい。

 小松PE 脱炭素に地域で取り組めることを知りたい。エネルギーの地産地消を目指す地域新電力の動きももっと伝えてほしい。

 田中奏子・大阪経済部記者 長野総局員だった昨年冬、地域で出資を募り太陽光パネルを設置するNPO法人を取材した。地球温暖化に自分は何もしていないと罪悪感を覚えていたが、代表の女性に「何もしていないから、そう感じる。まず何かを始めてみれば」と言われ、はっとした。一人では何もできないと目を背けていたんだと気づいた。

 小松PE 読者の「わからない」を代弁し、悩みながら行動してみたらスイッチが入ったという体験を率直に書いてはどうか。

 小沢PE 読者からも自分が何をしていいのかわからないという声が届く。温室効果ガス排出削減の政府計画では、家庭部門も30年度に13年度比で66%削減する目標がある。この目標をもっと報じた上で、何かに取り組みたい人の参考になる各地の取り組みを一覧にまとめる手もある。

 小松PE 総局の記者も気候変動に常に関心を持って積極的に地域を取材してほしい。市民の声は、専門家の声と同じくらい価値があるという認識が大切だ。

 香取 欧州では温暖化対策に市民の声を生かす「気候市民会議」が広がっている。くじ引きで選ばれた市民が話し合い、国や自治体に政策提言するもので、札幌や川崎など国内でも例がある。

 山本PE 気候変動は将来まで結果がわからず、政治家が本気で取り組む動機づけが乏しい。市民の声より、経済的利益を求める企業などの意向が政治に反映されやすい。市民の声を政治につなげるための仕組みや政治を枠にはめる法的なメカニズムが必要で、そうしたことも問うてほしい。

 ■部署またいだチームで立体的に 山本PE

 高村PE もう理屈抜きに脱炭素は経済の主要課題となり、これを進めないと世界の中で日本が置いていかれてしまう状況なのに、エネルギー政策など政治や社会の認識が追いついていないように感じる。読者が脱炭素の記事を毎日目にするぐらい、もっといろんな記事を出してほしい。

 山本PE 電気代のような現実的な話だけでなく、そもそも何のために気候変動対策に取り組むのかという哲学的、倫理的な大きな視点の記事も必要だ。皆さんはなぜ取り組むべきだと考えるのかを聞きたい。

 香取 気候変動はエネルギーや防災、外交・安全保障、農林水産業、文化、スポーツなどあらゆる分野に影響する問題。海外特派員も含め総力戦で世界の動きを報じていければと思う。

 戸田政考・政治部記者 大学で環境工学を専攻し、気候変動を幅広く伝えたいと思い記者になった。政治でも新聞社内でも気候変動はこれまで「端のテーマ」だったと思うが、暮らしの土台が揺らぐ大きな問題。科学医療部員だった数年前に小学校で地球温暖化について話した際、2100年に生きている児童が目の前にいるかもしれない、この子たちのためにも気候変動問題を報じていきたいとあらためて思った。

 田中 温暖化が異常気象につながり、実際に被害を受けている人がいる。それが気候変動を報じる出発点の一つだと思う。

 小松PE 脱炭素やエネルギーを考えることは、暮らしの延長線上として自分たちの地域について考え、行動することにつながる。自治の感覚が立ち上がり、地域で民主主義を考え直していくことにもなる。原発も気候変動も、民主主義や地方自治につながる問題だ。

 小沢PE 気候危機を訴える若者たちは、富が偏在し個人情報がネットビジネスに吸い取られる社会システムのひずみを感じ取っているのだろう。気候変動問題は社会制度や人間の生き方をどう転換するかという話だと思う。社会や地域のあり方をデザインし直す意識で報道することが、新聞と市民をつなぎ直すことになるといい。

 高村PE 温暖化や脱炭素の考え方は、環境省経済産業省のように立場が違えば異なる見方になる。朝日新聞の中でも、科学医療部や経済部、政治部など各部署から異なる見方の記事が出ていると感じる。

 山本PE 気候変動対策はデジタル化と同様、日本が世界の動きから取り残されつつある課題。政治のプロセスや法制度といった領域をまたぐ問題としてとらえた上で、新聞社も部署をまたいだチームを常設し、大きな視点と身近な課題を立体的につなげたり、地域の取り組みを全国に発信したりすることが重要だ。

 角田克・取締役編集担当 地方取材も本社も4月から、より機動的で、よりテーマを重視した取材態勢に変えていく。デジタル発信の強化とともに、「縦割り」では到底追いつかなくなっている社会変容のスピードと事態の深化に合わせていくためだ。数々のご指摘をいただいたように、大きな枠組みと身近な暮らしをつなぐことで全体像をわかりやすく提示していきたい。

 (司会は野村雅俊PE事務局長)

 ◇感染対策のため会場での参加人数を絞って開催。マスクは撮影時のみ1人ずつ外しました。高村PEはリモートで参加しました。

 ◆パブリックエディター(PE)

 読者から寄せられる声をもとに、本社編集部門に意見や要望を伝える役割を担う。