(社説)東日本大震災から11年 福島の復興進めるためには

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 東日本大震災から11年。被災地について、政府は1・8万戸の計画を達成した高台移転による宅地造成や、主要産業の一つである水産加工施設の98%が操業を再開したことなど、ハード面の整備をアピールする。

 しかし産業やくらしの回復は道半ばだ。漁業の水揚げ量は宮城、岩手で震災前の7~8割。東北経済産業局のアンケートでは、被災企業の約45%で雇用水準が震災前に戻っていない。

 ■処理水めぐる不信感

 中でも、東京電力原発事故があった福島は復興の歩みが遅い。沿岸漁業の昨年の水揚げ量は震災前の2割にとどまる。そこに来春以降、「処理水」の海洋放出が加わる。原発に地下水が流れ込むことで、今も増え続ける汚染水を浄化した水だ。

 政府は、科学的には安全であることを地元に丁寧に説明して判断した、と強調する。しかし福島だけでなく、宮城、茨城各県の漁連も反対を表明した。

 「東京で勝手に決めて押しつけられただけ」。いわき市四倉地区のホッキ貝漁師、佐藤文紀さん(31)は不満を隠さない。四倉では事故後3年でホッキ貝漁を再開し、4年前からは月に1~2回、ホッキまつりを開いて風評の払拭(ふっしょく)に努めてきた。

 政府や東京電力は、放出で風評被害が生じたら、適切に賠償すると説明する。しかし先日、原発事故で避難した住民らが起こした訴訟で、政府の中間指針による賠償では不十分とする判決が最高裁で確定し、被災者は不信を募らせる。漁を一生の仕事にと考える佐藤さんにとってはそもそも、賠償をもらえばいいとは思えない。

 処理水の放出は30年ほど続くとみられる。その間、環境や取れた水産物に悪影響が出ていないか監視する体制を、政府や東電は築く必要がある。積極的に情報も公開して地元の理解を得なければ、事態は進まない。

 ■見通せない全面帰還

 福島県内には避難指示が続く帰還困難区域が340平方キロある。一部でも帰還できないかと、除染やインフラ整備を優先してきた特定復興再生拠点で今春、避難指示の解除が始まる。福島第一原発があり、県内で唯一、全町避難が続く双葉町も、早ければ6月にも事故後初めて住民の帰還が実現する。

 JR双葉駅近くにある岩本清孝さん(74)の自宅で今月4日、東電グループの従業員ら12人が20畳分の畳やタンスなどを運び出していた。まだ使えそうに見えるが、室内の放射線量を下げるために交換するという。夏までに自宅の修復を終えるつもりだが、当分は避難先の栃木県那須塩原市と行ったり来たりの生活になりそうだ。

 町内で先月までに、帰還に向けた準備宿泊を希望したのは約20世帯。近所で帰還準備をする家は見当たらない。震災後にくも膜下出血を患った妻(71)が十分なリハビリを受けられる施設がないことも、不安材料だ。

 特定拠点の面積は帰還困難区域の8%に過ぎない。残る区域も、政府は希望する住民が2020年代に帰還できるよう除染を進め、将来は帰還困難区域の全てで避難指示を解除すると繰り返す。しかし、具体的な進め方は示されておらず、実現が見通せない状況に変わりはない。

 なのに政府は、ロボットや水素エネルギーなどで新たな産業を興すことを狙う「福島イノベーション・コースト構想」で明るい未来を披露する。地域の再生に目標は大切だが、現状とかけ離れた夢をふりまいても、そこに至る道筋は描けない。今の福島に目を凝らし、地に足の着いた将来像を語ることが、復興への第一歩のはずだ。

 ■「廃炉」の最終形示せ

 1月末、原子炉から溶け落ちた核燃料(燃料デブリ)を取り出すロボットアームが福島に到着し、2号機での使用に向け試験が始まった。とはいえ、事故処理の全工程から見れば小さな一歩だ。1~3号機には880トンの燃料デブリがあるとみられるが、分布状況も形状もつかめていない。

 11年12月に作った工程表で「20~25年後」とされていたデブリの取り出し完了の目標はすでに消された。にもかかわらず、「30~40年後」の廃炉完了の時期は変わらぬままだ。

 福島第一がある双葉、大熊両町で中間貯蔵中の汚染土壌や廃棄物をどこで最終処理するのか。そもそも通常の廃炉とは方法も困難さも全く違う事故処理の完了が復興の大前提のはずだが、それがどんな状態を指し、いくらかかるのかもあいまいなままだ。政府は賠償と合わせ22兆円と見積もるが、35兆~80兆円と試算する研究機関もある。

 事故を起こした福島第一を、どういう工程を経て最終的にどんな状態にするのか、国会のチェックも受けながら具体的な目標を明確に示す。それなしに、福島に垂れ込め続ける不透明さを払拭するのは難しい。

 一朝一夕に答えが出る問題ではもちろんない。しかし目の前の課題に一つずつ向き合わねば、復興への道は歩めない。