(社説)映画界の未来 豊かな土壌あってこそ

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 人口4万5千の島根県益田市にあるスクリーン一つの小さな映画館で、先日「ドライブ・マイ・カー」の上映が始まった。14年前に廃業した劇場を若い夫妻が復活させ、1月にオープンしたばかりだという。

 濱口竜介監督は、こうした地味だが良質の作品にスポットを当てるミニシアターに育てられた、と言っていい。

 その監督が手がけた「ドライブ……」が、米アカデミーを始めとする多くの賞に輝いた。これを機に日本の映画界の現状と課題に改めて目を向けたい。

 国内で上映される映画の4割はミニシアターのみでの公開だ。各館はそれぞれ、さまざまな作品に触れる機会を提供する場として存在感を示してきた。

 コロナ禍はその経営を直撃した。いち早く支援に立ちあがった一人が濱口さんだ。2年前の春、仲間と基金を設立し、1カ月で3億3千万円の寄付を集めて、100超の劇場に平均300万円を配った。利益の追求に流れがちな映画界に警鐘を鳴らし、もっと多様な作品が製作・上映されていいと訴える濱口さんらしい行動だった。

 過去最高の興行収入を記録した19年も、小規模映画館の多くの売り上げは横ばいか減少で、今夏には草分けの東京・岩波ホールが閉館する。

 政府の映画振興策は制作者への助成が主で、しかも中心的役割を担う文化庁の予算は12億円ほどしかない。動画配信が盛んになるなか、地域の文化拠点である映画館にいかなる公共的価値を見いだし、社会全体でどうやって支えるか、再考する余地があるのではないか。

 作り手の側にも問題は山積している。上映の現場は製作・配給も手がける大手映画会社系の力が強く、公正取引委員会独占禁止法違反の疑いで一部調査に入っている。適正な競争が阻まれ、観客に届けられるべき作品が埋もれてしまうなどの弊害は起きていないか。

 業界を支えるフリーランスの人たちからは、契約関係のあいまいさや働く環境の不備を訴える声が相次ぐ。政府が19年におこなった調査では、収入の低さや勤務時間の長さ、業界の将来性への不安を訴える人がいずれも7割を超えた。多くのごまかしや犠牲の上に成り立つ世界は早晩いきづまる。

 先月亡くなった評論家の佐藤忠男さんは、映画の可能性について「それを作った国の観客にとっては自己愛の手段となり、それが外国で上映されるときには、その国に対する求愛の手段となる」と書いた。抗争と分断が世界を覆ういま、映画界の土壌を豊かに耕す意義は、ますます大きくなっている。

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