(社説)観光船事故 安全軽視が生んだ悲劇
知床半島沖で消息を絶った観光船の運航会社の社長がおととい、事故後初めて会見した。
尊い人命を預かっているという緊張感をもって、己の仕事に向き合っていたとは思えない。そう断じざるを得ない実態が、次々と明らかになった。
事故当日は強風・波浪注意報が出ていた。午後から天候の悪化が予想され、漁師は出漁を取りやめたり、操業していた船も港に戻ってきたりしていた。だが社長は午前8時ごろに船長と話し合い、「荒れるようであれば途中で引き返せばいい」と出航を決めたという。
耳を疑う話はまだある。
事務所の無線アンテナが壊れていると知らされたが、携帯電話を使うか同業他社の無線を借りれば、船とやり取りできると判断した。陸地と離れてもつながる衛星携帯電話も故障中で、船に積んでいなかった。船長は経験は浅かったが、「センスがある」という知人のベテラン船長の話を聞いて登用した――。
「今シーズン初めだったのでチェック漏れが多かった」と社長は釈明したが、初めだからこそ、いっそう身を引き締めて臨むのが常識ではないか。
そんな状態で出航した観光船の乗客・乗員26人は、まだ多くが行方不明のままだ。
社長をはじめとする関係者は、被害者家族に誠実に対応するのはもちろん、同様の事故を二度と起こさせないために、国土交通省が進めている特別監査に対し、ありのままを話し、各種資料の提出にも応じることが求められる。
同社は昨年5月と6月に座礁事故などを起こした。国交省の北海道運輸局は行政指導をし、安全確保に向けた改善計画を提出させている。今回の事故の2日前には、この運航会社を含む同業各社が参加して海上保安庁の救助訓練も行われた。
それぞれの機会に、もっと踏み込んで対処・確認しておくべき事項はなかったか。特別監査では、そんな観点からも問題点の洗い出しに努めてほしい。
国交省はきのう、小型船を使った旅客輸送の安全対策を考える有識者会議の設置を決めた。
検討事項には、▽運航の可否に関する判断の適正化▽船長になるための運航経験など、船員の技量向上▽船舶検査の実効性の向上▽無線や救命具の設備要件の強化――などが並ぶ。
この夏をめどに出すという中間とりまとめが、実態に切り込み、実効ある提言になるか、関心をもって見守りたい。
大型連休が始まった。旅客船だけでなく観光・行楽に携わる各事業者は、この惨事を他山の石として、施設や機器の安全な運用に徹してもらいたい。
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