(社説)原発事故賠償 実態踏まえ基準見直せ

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 東京電力福島第一原発で起きた事故の損害賠償について、政府の審査会が指針を見直すかどうかの検討を始めた。事故直後につくられ、その後繰り返し不十分さが指摘されてきた。遅きに失したと言わざるを得ない。高齢の被害者も多く、改定を急ぐ必要がある。

 賠償の目安は、原子力損害賠償紛争審査会が11年8月に「中間指針」としてまとめた。賠償を急ぐため、共通する損害の類型ごとに対象や額を定めている。13年12月の見直しを最後に大枠は変わっていない。いわば最低限の基準で、東電はこれに各被害者の個別事情を加味して金額を決めるとされた。

 しかし、この方式に基づく東電の賠償は不十分とし、国の責任なども問う集団訴訟が約30件起きた。原告は1万人を超える。17年以降、地裁や高裁で被告側に算定額以上の支払いを命じる判決が相次ぎ、うち7件の東電敗訴部分が今春、最高裁で確定した。

 内容はそれぞれ異なるが、生活基盤や地域社会を奪われた「ふるさと喪失」などに伴う精神的な損害を、一定の区域内の各原告に共通して認定したものが複数あった。指針がくみ取れていないまとまった損害の存在を、司法が認めたとも言える。少なくともこうした部分で、指針の改定が不可欠ではないか。福島県など地元自治体も判決を踏まえた見直しを政府に求めている。

 審査会もようやく腰をあげ、まず各判決の中身を分析し、指針から漏れている損害の類型を洗い出すという。必要な作業だが、やるべきことはそれだけではない。避難の長期化で多様で複雑になる被害の実態に、正面から向き合うことが必要だ。

 東電が示した賠償額に納得できなくても、裁判までは起こさなかった被害者も少なくない。訴訟の原告らも、判決の認定額はまだ不十分だと主張している。審査会は、被害者や関係自治体の意見も聞き、幅広い事例を精査すべきだ。指針に実情と合わない部分があるのなら、修正をためらうべきではない。

 東電の姿勢も問われる。集団訴訟や国の機関による和解仲介手続きで、指針を超える一律の賠償をかたくなに拒んできた。今回も審査会の議論を見守る構えで、悲惨な事故を起こした企業として主体的に賠償に取り組む責任を自覚しているのか、疑問だ。実質的な大株主である経済産業省も、東電が真摯(しんし)に対応するよう、厳しく指導することが求められる。

 被害者への償いを完全に果たすまで手を尽くす。それが政府と東電に課せられた重い責務であることを忘れてはならない。