(社説)研究者の雇用 安定した職が成果生む

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 10兆円規模の基金を設け、国が「卓越」と認めた一部の大学に運用益を配って、研究力を高めようという法律が成立した。ねらい通りに事が運ぶのか、国会でのやり取りを経ても疑問は残ったままだが、審議と並行して、不安を深める現場の深刻な実態が明らかになった。

 「雇い止め」のおそれだ。

 研究者の場合、有期雇用の期間が10年を超すと、無期雇用への切りかえを求められるというルールがある。制度が導入されて、間もなくその10年になる。

 ところが近年の「選択と集中」政策によって国からの運営費交付金が減り、どの国立大学も経営は苦しい。無期雇用になる人を減らすために、期限の10年が来る前に大量の雇い止めが行われるのではないかとの懸念が広まっている。

 文部科学省の調べでは、該当する研究者は国立大で3099人。うち1672人は、契約の段階で期間の上限は10年以内と明示されていた。所管する研究開発法人でも317人が「上限10年」だった。若手の理系研究者が多いとみられるが、文系も同じ問題に直面している。

 全員が直ちに職を失うわけではないとはいえ、このまま若い芽が摘まれてしまったときのダメージは計り知れない。大学や研究所は雇用の確保に最大限の努力を払ってもらいたい。

 それには国による財政面の手当てが不可欠だ。雇い止めの懸念はすべての有期雇用労働者に共通するが、大学の国際競争力の強化を重要な政策課題にかかげる政府にとっても、この状況は座視できないはずだ。

 任期に限りのある不安定な境遇では、次の職を得るために、研究テーマは成果が確実に見込めるものに流れがちで、野心的な挑戦はためらわれる。ノーベル賞に輝いた人々の受賞対象となった業績の多くが、若手時代に成し遂げられているのを見ても、自由な発想で安心して研究に打ち込める環境を用意することは、極めて大切だ。

 冒頭の国際卓越研究大学法の成立にあたっても、安定的な身分の研究者や正規雇用の職員を増やすために、人件費の基礎となる国立大への交付金などを充実させるように求める付帯決議が採択された。

 無期雇用が増えれば競争する必要性が薄れ、研究の停滞や人材の固定化を招くのではないかと心配する声もある。

 だが業績は学内外から厳しく評価されており、流動性が失われるとも考え難い。優秀な学生が研究の世界を敬遠することこそ憂うべきで、現に博士課程への進学者は減り続けている。

 足元を固めなければ、研究力の向上は望めない。

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