(社説)新しい資本主義 分配重視の理念消えた

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 岸田首相はもう「新しい資本主義」の看板を下ろしてはどうか。きのう政府が示した実行計画の原案からは、首相が当初掲げた「分配強化」の理念が消えてしまった。過去の政権下で何度も焼き直された「成長戦略」の繰り返しなら、「新しい」の名には到底値しない。

 首相が昨秋の就任時に打ち出した認識は、こうだった。企業が利益をため込み、労働者に果実が回らない。利益至上主義の社会経済が、格差拡大や地球温暖化を引き起こしている――。

 朝日新聞の社説も問題意識を歓迎し、具体化を求めてきた。だが、出てきた計画は、まったくの期待外れだった。

 昨年11月に政府の有識者会議がまとめた緊急提言では「成長戦略」と「分配戦略」が二本柱だったが、実行計画の柱立てでは、分配は「成長への投資」の位置づけに格下げされ、計画の大半は、新興企業育成などの成長戦略に割かれた。「新しい資本主義においても、徹底して成長を追求していく」という。

 格差是正どころか、逆にあおりかねない政策も並ぶ。国民の間で金融資産の保有額の差が大きいなかで、「資産所得倍増」を進める。「優れたアイデア、技術を持つ若い人材を選別して支援する」とも記した。

 経済が成長すれば分配できるパイは増える。しかし、市場まかせでは実際の分配が進まず、増えたパイは大企業や富裕層の手元に集中したままになる。その現実を抜本的に変えぬまま、一部の人材や高収益企業を優遇するのは、首相が否定する新自由主義の発想そのものだ。

 本来、優先的に取り組むべきは、働き手への利益還元である。賃上げに消極的な企業行動を改めさせる手立てこそが、計画の柱になるべきだった。

 しかし、実行計画にあるのは、今年度から拡充した賃上げ促進減税の周知徹底を図るとの記述程度にとどまる。今春闘でのベースアップは1%に届かず、物価上昇に追いついていない。経営者の姿勢が大きく変わっていない現状への認識が、甘いと言わざるを得ない。

 原案では、格差是正も脱炭素も、成長の手段として語られている。だが、平等の実現はそれ自体に価値がある。脱炭素は人間社会の持続可能性の大前提だ。すべてを成長に還元するのはあまりに視野が狭い。

 首相と同じ宏池会出身の大平元首相が設けた「大平研究会」は、経済的繁栄を追求してきた戦後日本の転換を論じた。その主張は、後の多くの政権が参考にしたとされる。今回の原案には、そうした射程は見いだせない。これでは経済政策史に名を残すことはありえないだろう。

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