(フォーラム)SDGs、うさんくさい?

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 「持続可能な開発目標」と訳されるSDGs(エスディージーズ)。見聞きすることが増え、学校でも教えられています。ところが、目標が多岐にわたって分かりにくいうえ、我田引水も目立って、「うさんくさい」との指摘も出ています。そこでずばり、みなさんから意見を募ってみました。

 ■「見せかけ」反省し、過剰さ見つめて 東京大学大学院准教授・斎藤幸平さん

 アンケートで、SDGsの理念が薄められてしまっている、と危機感を抱いている人が多いことに驚きました。私がSDGsを「大衆のアヘン」と指摘したのは、マイバッグやマイボトルといった小手先の行動は資本主義が内包する根本的な問題から目をそらす役割をするのでは、と警鐘を鳴らすためだったからです。

 17目標の達成期限まで、今年はちょうど折り返し地点です。まずは企業の宣伝に代表される「見せかけ」「まやかし」の取り組みを反省し、残されている時間で本当に必要な変革に向けて動き出さないといけません。気候変動の問題は水や食料の争いの種になりつつあり、コロナ禍が続くなかで戦争も起きている。慢性的な緊急事態に対し、危機感がまだまだ足りないのです。

 まず必要なのは、資本主義の過剰さを見つめ直すことです。年中無休や24時間営業、翌日配送、洋服や食べ物の大量生産と大量廃棄。終わりなき競争とそれに伴う環境負荷。こんなことを続けていて、私たちは幸せになるのでしょうか。科学技術の恩恵を「速く多く作る」ために使うのではなく、働く時間を減らして、趣味や社会貢献の時間、友人や家族と過ごす時間を増やすために向ける方がいいのではないでしょうか。

 SDGsの危うさは、「金持ちの道楽」になりかねない点です。電気自動車を買えばいい、という話ではなく、そもそも車を買えない人もいる。一部の人たちの「頑張って良かった」で終わることのないよう、格差の問題に切り込む平等志向の社会ビジョンが必要です。世界的には、過去の植民地支配に起因する途上国の状況を改善しないといけません。

 言葉はブームなのに、参院選の争点になっていないことも象徴的です。「環境にいいものを買って支える」といったこととは位相の違う具体的な行動を起こすため、価値観を揺さぶる声や運動が市民社会の中から出てくることを期待しています。専門家がそのような声が出てくるよう後押しする責任を感じています。

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 専門は経済思想、社会思想。「人新世の『資本論』」で持続可能な社会づくりには脱成長が必要だと説いた。

 ■冷笑の空気、でもやらないよりいい 時事ユーチューバー・たかまつななさん

 未来の子どもたちへツケを回さないために社会を持続可能なものに変えていこうと、お笑い芸人らにも協力してもらい、SDGsの出前授業や研修をしています。SDGsには、「理念への共感」を通じ、多くの人を巻き込む力があるからです。

 本来は、17目標すべてを俯瞰(ふかん)しながら全体のバランスを考えて取り組むものですが、目標の一部だけを切り貼りする取り組みが増えています。SDGsと言っておけばいいや、といった企業が増え、表面的な広告と発信が広がりました。うさんくさいと思われるのは当然で、とても残念です。

 先進国も途上国も一緒になり、「どういう未来を作りたいか」という目標からバックキャスト(逆算)で考え出されたのがSDGsです。すべての国連加盟国が賛成できるように作られたので、アラを探せばいくらでもあります。それでも変化を促す道具として使わない手はないのですが、SDGs自体が目的になってしまっている例が多いですね。

 いま、ネットの中では、冷笑主義が大きな力を持っています。「SDGsなんて」とまじめにやっている人をバカにするような空気があります。でも、処方箋(せん)があるのだから、やらないよりやった方がいいと思いませんか。今回のアンケート結果を読み、世間ではまだまだ可能性はあるなと感じました。

 大切なのは変えていくことですが、日本にはその土壌がまだまだ足りないと痛感しています。高校生が校則に疑問を抱いても、大学へ推薦してもらえなくなるから、と口にできない。会社の中でSDGsに本気で取り組みたくても、社内でとりあってもらえない。変えたいと思った人が、あきらめてしまっています。

 この春から群馬県と協力して、社会問題の解決に向けて政治参加する若者を増やすため、県内の高校を回っています。誰でも変化の担い手になれる。そんな力を育む成功事例を作り、広げていきたいです。

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 友人と設立した「笑下村塾」で、「笑いで世直し」を掲げて活動。著書に「13歳からのSDGs」など。

 ■バッジのイメージが/企業宣伝のネタ?/取り組みは希望

 アンケートは、若者から高齢層まで幅広い世代から回答をいただきました。結果はhttps://www.asahi.com/opinion/forum/157/で読むことができます。

 ●スーツにバッジをそろってつけているが、DEI(多様性・平等性・包括性)や環境への配慮をしてこなかった世代、今もしていない人たちが身につけているイメージで、うさんくさく感じてしまう。(東京、その他、30代)

 ●バッジをつけた人をよく見るが、本質を理解した上でつけるべきだと思います。(愛知、男性、10代)

 ●社員にバッジをつけさせてアピールしている大企業が多すぎる。本当に理解して行動しているのか大いに疑問。(福岡、男性、60代)

 ●17のゴールの中で何かあてはまるものがあればOKといった軽いノリで、宣伝のネタになってしまっている。「自分の会社さえよければ」という思考は否めない。曲解され非常に残念。(埼玉、その他、50代)

 ●持続可能にしようとしているのは未来の人間世界ではなく、現在の資本主義経済ではないかと疑う。(愛知、男性、10代)

 ●本気の度合いの違いがあれど、企業が取り組むことは社会にプラス。経営者と従業員が本質を理解し、本業に反映させていくことが求められている。(福岡、男、40代)

 ●「石炭でSDGsに貢献する」という広告のように、骨抜きの動きが広がっている。そのためSDGsへの信頼が損なわれ、真摯(しんし)な取り組みや貢献が見えづらくなっている。(京都、男性、30代)

 ●SDGsは未来のためにも大切だし、必要なことだ。でも、企業の「やってますよ」アピールは面倒だ。商用に使われていることに違和感がある。(栃木、女性、10代)

 ●SDGs自体は意味があると思うが、本気で環境負荷を減らしたいのか疑問。企業の宣伝に使われ、問題がある企業も、SDGsをしていることが免罪符のようになっている。(京都、女性、60代)

 ●今のままではこの地球は続かないということを一人一人が真剣に考え、行動していかないとならないと思う。(東京、男性、50代)

 ●欲しくもなかったものを欲しいと思わせ、資源や労働力を浪費している。資本主義をどう変えるべきか、という議論が活発になってほしい。(東京、女性、40代)

 ●大学生の知人が「すでに持続可能でない」と言っていてハッとしました。「次世代のダメージを減らすためにいかにソフトランディングさせるか」を目標にした方がうさんくさくない。(北海道、男性、40代)

 ●理想は高いが実現度は低い。本音はそう感じている人が多いのでは。企業は努力が足りず、消費者も切実度が少ない。満ち足りた生活の方向転換は、多くの人にとって魅力的でない。行政の積極的な発信が必要だと思う。(千葉、女性、50代)

 ●SDGsに挙げられている課題は過去の負の遺産。国、企業、大人が解決すべきものだが、子どもたちに課題を与えて考えさせ、評価をする学校が多いことに違和感を感じている。(神奈川、男、50代)

 ●最貧国や紛争国などの貧困課題が忘れられている気がする。企業は足元の労働課題、納税、サプライチェーンの人権課題などは大丈夫か。最重要のアクターは政府かと思うが、包括的に取り組んだ実施となっていない。(千葉、女性、40代)

 ●17の目標すべてが重要。日本では主に環境問題に取り組むところがアピールできていることもあり、SDGsの価値が矮小(わいしょう)化して捉えられている。(埼玉、男性、30代)

 ●どんな人でも参加できる間口の広い取り組みだと理解している。ただ、小さな取り組みからステップアップしていける道筋が明確ではないため、そこで止まってしまう。大きなうねりを作るため、「わかっている人たち」が頭を悩まさないといけない。(東京、男性、50代)

 ●SDGsに取り組まないと、ゆくゆくは企業価値が下がると考えている企業が多いように感じる。(愛知、男性、60代)

 ●SDGsの普及に伴い、社会課題へ意識を向けるようになってきたことが大きな変化だと感じている。特にジェンダー問題では、かなり効果的であった。SDGsという共通言語を用いることで協力する姿勢を生み出すようになったと思う。(神奈川、女性、20代)

 ●持続可能とうたっているものの、デザインや便利さで消費活動をあおっている。ペットボトルはメーカー間で統一してリサイクルしやすくできないのか。(大阪府、女性、50代)

 ●SDGsの考え方が浸透することが重要。目的が純粋かは別として、多くの企業・団体が意識を持って取り組んでいることは希望であると感じる。(東京、女性、30代)

 ■世界を変える共通言語、手放したくない

 SDGsは、地球規模の課題解決を目指し、国連で採択された2030年までの目標です。貧困や格差、ジェンダー平等、気候変動など17分野の目標と169のターゲット(小目標)があります。

 この1、2年で急速に知られるようになり、朝日新聞の認知度調査でも「聞いたことがある」人は21年は76%に達しました。ところが、「内容をくわしく知っている」人は9%未満に過ぎません。色分けされた標語だけが目標だと誤解されやすく、単に「エコ」の意味で使われていることも少なくない。上滑りしてしまっている状況があります。

 また、露骨に宣伝に利用する企業を横目に、関心そのものが失われている状況もあります。「見せかけ」「表面的」といった厳しい目は、CMや広告でつながるメディアにも向けられています。さらに、「誰ひとり取り残さない」という理念を「きれいごと」と冷笑する意見も、SNSを中心に根強くあります。

 大ピンチのSDGsを放っておいてはまずい。18年から企画を担当している記者として、今回のテーマを提案した理由です。環境・社会・経済が調和するように世界を変えようとする試みを、みすみす手放すのはもったいない。変革を呼びかけ、迫ることができる「世界の共通言語」を使い損なってしまったら、将来世代に顔向けできません。

 アンケートに寄せられた回答は、多くの問題点をあぶり出しています。鋭い指摘も多く、変わることができない日本社会でいま最も必要な「市民力」が発揮されていると感じました。SDGsには、人と人を出会わせる「接着剤」の力があります。今回の結果をヒントに、課題解決を目指す人たち、本腰を入れるよう政府に働きかけている人たちとともに、行動に結びつくような提案をしていきたいと思います。

 ◇編集委員・北郷美由紀が担当しました。

 ◇来週26日は「ランドセル どう思う:1」を掲載します。

 

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