(社説)沖縄慰霊の日 礎に刻まれた名を思う

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 沖縄はきょう、慰霊の日を迎える。77年前の沖縄戦では、住民を巻き込んだ激しい戦闘があり、多くの命が失われた。

 糸満市の「平和の礎(いしじ)」には、国籍や属性を問わず、これまでにわかった戦没者の名が刻まれている。今年、その全てを読みあげる試みが、市民の呼びかけでオンライン上で行われた。

 計24万1632人。未明の2時間ほどの休憩をはさんで連日続けても、11日間かかる。

 旧日本軍は沖縄での敗北が決定的になっても、「尺寸の土地の存する限り、戦いを続ける」と、本島南部に司令部を移して抵抗した。このため、先に避難していた住民は戦場のただ中をさまようことになる。誤った判断が、県民の4人に1人が命を落とす惨禍を招いた。

 読みあげが突きつけてくるのは、犠牲者の数の多さだけではない。一人ひとりの存在の重みだ。読み手の声の向こうに、亡くなった人の過去、そして戦争がなければ続いていったであろう未来が浮かぶ。

 オンラインの画面には、名前とともに、出身地や年齢、死亡推定場所も映し出された。

 0歳の乳児がいる。幕末生まれのおばあさんがいる。戦場で散り散りになったのだろうか、死亡場所が各地に分かれている家族もあれば、一家が全滅してしまい、「○○の娘」としか書かれていない人もいる。生まれた証しである名さえ奪う。それが戦争の実相だ。

 今回の企画には国内外のさまざまな世代が参加した。本島中部にある西原中学校は生徒全員で、地元の6290人を3日間にわたって読みあげた。

 「自分と同じ名の人がいた。その名を呼ばれて友達と遊んだりしたのだろう。幸せが奪われてしまい、どんな気持ちだったのか」。ある生徒はそんな感想を述べた。

 小さな手がかりから、過去を身近に引き寄せる。自分だったらどうしただろうと想像する。それが戦争の記憶を継承する第一歩だ。忘れがたい経験になったのではないか。

 沖縄戦の体験者のなかには、77年前の自らに重ね合わせて、ウクライナの状況に心を痛める人が少なくない。

 国連人権高等弁務官事務所によると、これまでに4500人を超す民間人の死亡を確認したという。だが、実際はもっと多いとみられる。

 ウクライナに限らない。紛争は絶えず、住まいを追われた難民は1億人を超す。その数だけ名前があり、それぞれにかけがえのない暮らしがあった。

 6月23日。命の大切さに思いを致し、平和への願いを新たにする日としたい。

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    座安あきの
    (ジャーナリスト・コンサルタント)
    2022年6月23日7時18分 投稿

    【視点】戦争体験者の高齢化が進む中、いまだ解決をみないもう一つの「沖縄戦」があります。フィリピン・ミンダナオ島ダバオなどに残された戦争被害です。ダバオといえば、先日のフィリピン副大統領選で圧勝したサラ・ドゥテルテ氏と、父親のドゥテルテ前大統領の出身