戦争の実像、迫れるか 朝日新聞あすへの報道審議会

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 ロシア軍によるウクライナ侵攻は世界を一変させました。銃弾が飛び交う現場だけでなく、世論を操作する情報やフェイクニュースが駆けめぐるSNS空間も新たな戦場の様相を呈しています。戦地から、そして日本で、新聞社は何をどう伝えるかが問われています。朝日新聞が4日に開いた「あすへの報道審議会」で、パブリックエディター(PE)と読者、本社編集部門の記者らが意見を交わしました。

 <パブリックエディター>

 ◇高村薫(たかむらかおる)さん 作家。「マークスの山」「土の記」など著書多数。1953年生まれ

 ◇山本龍彦(やまもとたつひこ)さん 慶応大法科大学院教授(憲法学)。1976年生まれ

 ◇小松理虔(こまつりけん)さん 地域活動家。福島県いわき市を中心に活動。1979年生まれ

 ◇小沢香(おざわかおり) 朝日新聞社員。前・フォーラム編集長。1966年生まれ

 ■「当局が見せている」念頭に 高野記者/記者の体験や葛藤も発信を 小松PE

 高野裕介・イスタンブール支局長 ふだんはトルコを拠点に取材している。2月24日のロシア軍による侵攻が始まる前にウクライナに入り、これまで戦地となった街の住民や国境で避難する人々を取材してきた。

 藤沼純子さん(読者) 4月にキーウに入った朝日新聞記者が撮影した、人が住んでいる建物の鉄筋がむき出しになった写真にはがくぜんとした。フェイクではなく本当の戦争なんだと実感した。現地から直接届くニュースを待っている。安全でいてほしい。

 高野 ウクライナ東部を取材した時は砲撃があり、急きょ避難することもあった。常に安全状況を見極めながら動いている。

 春日芳晃・国際報道部長 ウクライナには交代で記者を派遣している。リスクはゼロにできないが、報道する意味を考えてギリギリの判断をしている。

 駒木明義・論説委員 モスクワ特派員として2014年のロシアによるクリミア併合の取材もしたが、記者が現地で取材して事実を検証する意味は大きい。例えばキーウ近郊のブチャの虐殺。ロシアは関与を否定していたが、各国の記者が入って住民の証言を聞き、衛星画像の分析で、ロシアによるものとみられることがわかった。

 高野 実態を伝えることは重要だが、ブチャの件は、ウクライナ軍が先に入っていたのだから当局が遺体を回収することもできたのかもしれない。当局に取材を規制されたことはないが、逆に「こういうものがある」と見せられていると思うことがある。これは頭の片隅に置いている。

 山本龍彦PE いまや戦争報道も「SNS映え」を意識せざるをえない。取材の制限ではなく、誘導して特定の情報を流させる手法に対し、報道機関がどう一線を引けるかが問われている。

 高村薫PE この戦争で民主主義や人道といった信じていた価値観が遠ざかり、何を頼りに生きればいいか思い悩む。正確なことを知り得ないのが戦争だと感じている。被害状況の発表データもウクライナや国連、西側、ロシアとで違い、これまで何人が亡くなったのかもわからない。

 春日 情報の出所はきちんと書くようにしている。

 新階望乃(しんがいのの)さん(読者) 今回、ロシアで言論の自由が制限された。そんな中でも声をあげようとしている人はいると思う。その声をすくい取れないのか。

 春日 ロシアの取材は難しくなった。刑法改正で、ロシア軍の活動に関する報道や情報発信のうち、ロシア当局がフェイクニュースと見なした場合、書いた記者らにも禁錮刑が科されかねない状況だ。どう運用されるかわからないので、現地の状況を見極めながら取材しているのが実情だ。

 山本PE ウクライナの政治状況も知りたい。戒厳令下で、ゼレンスキー大統領の声だけが響き渡る状況なのか。議会や民主主義は機能しているのか。

 高野 議会は一応、機能しているが、基本的には一方向を向いている。主要メディアでは大統領に批判的なニュースも見かけない。取材では、ひとりから話を聞く際も、周りの複数人にあたって、聞いた内容がニュートラルかどうか気にしながら記事を書いている。

 藤沼さん ウクライナの男性出国制限を自分の家族に置き換えたら、夫と息子は戦いに行くことになる。私と娘は逃げたいと思うのかなと想像する。現地で、「こんなんじゃ困る」という声はないのか。

 高野 国境での取材で、直接の批判は難しいのか、「(国の方針を)理解はできるが、私はやっぱり夫と一緒にいたい」と言葉を選びながら話す人はいた。

 小松理虔PE 戦争報道では現場に行った記者が見た景色や空気感が貴重だ。記者自身の体験や葛藤も発信してほしい。いま起きている戦争の記事を理解するための補助線になる。

 藤沼さん 「なぜロシアは力ずくか」(4月14日付朝刊オピニオン面)という岩下明裕・前北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター長の大型インタビューには、周辺国を導こうとする大国主義の使命感が根底にあるとあった。「そうだったんだ」と腑(ふ)に落ちた。

 村上太輝夫・オピニオン編集部次長 オピニオン面は「なぜこんなことが起きているのか」という疑問に大きな視点から答えようと、国際政治学の研究者ら専門家の考えを紹介してきた。ただ戦争が始まってから、私は毎朝のニュースを見るのが怖かった。戦争はストレスがかかる。頭で理解するだけでは済まない。やはり心の問題だ。心にズシッと届く言葉を持つ、台湾出身の芥川賞作家、李琴峰(りことみ)さんら文学者の寄稿やインタビューも掲載した。

 小松PE オピニオン面に登場するのは専門家が多い。原発事故の時にも感じたが、専門家や当事者の声についていけずに置いてけぼりにされる読者がいることが見失われがちだ。

 金沢ひかり・デジタル機動報道部記者 自分も置き去りにされるタイプ。今回は10代から疑問を募り、彼らの言葉を借りて「ウクライナ侵攻、10代の素朴な疑問」という企画を立てた。「今の時代になんで戦争?」といったそもそもからの質問に駒木論説委員に答えてもらい、デジタルと朝日新聞のウェブメディア「withnews」で配信した。ニュースに置き去りにされる人が増えてしまうのは社会にとっても不幸な結果になると思う。

 小松PE 日々の情報が蓄積された状態を前提にした報道では、率直な疑問も吐露できない読者が、「もういいや」と無関心になっていく。そういう読者と対話ができる仕組みをつくらないといけない。「新聞をなんで読まなきゃいけないの」という時代に、戦争を食い止める力にもつながると僕は思う。

 ■SNS、政権の戦略報じて 山本PE

 藤沼さん ゼレンスキー氏は着ているものや発言力から、戦略をもった演出と感じた。SNSの発信を含めて良いブレーンがいるのではないか。

 山本PE 政権中枢にSNSに詳しい元起業家もいる。どんな戦略なのか報じてほしい。ゼレンスキー氏の動画は情緒的な共感をよび、SNSの新たな可能性を示した。他方、市民も動画投稿で情報戦に「参戦」し、その国の国民でなくても投稿のリツイート(拡散)でプロパガンダに加担してしまう危うさもある。SNSを運営するプラットフォーマーについては、その態度で戦局が左右されうるという「権力性」に注意が必要だ。

 高村PE 情報の空中戦を見ているようなもの。何が正しいか、何がうそか見分けること自体を放棄するしかないような印象だ。

 野村周・ゼネラルエディター兼東京本社編集局長 この戦争でプラットフォーマーがどのように情報を扱い、どんな影響が及んでいるかを可視化して、検証する必要があると思う。

 山本PE 報道機関は、出回る情報が正しいかどうか、「答え合わせ」の機会を提供するとともに、SNSでヒートアップした感情を落ち着かせる多様な言論空間をつくることが必要だ。

 金沢 10~20代はユーチューブのコメント欄をよく見ているという。自分の判断材料にしているようだ。

 山本PE 国家がSNSのコメント欄に介入して世論操作することも不可能ではない。情報戦では、人間の認知領域をハッキングする「制脳権」をどの国が確保するかが重要となる。戦争のメカニズムの変化を報道してほしい。

 ■「国防」の報道、問われる時 高村PE

 藤沼さん 最近、日本周辺の有事への心配を耳にする。武力を持たないで平和がかなえられればいいのだが、丸腰では不安を感じる。でも防衛力増強へのスピーディーな動きは怖い。

 高野 ウクライナでも圧倒的な武力で攻められる怖さを感じると、「言葉じゃなく戦える武器を」という空気になった。万一の時は日本もそうなるのではという懸念はある。

 小松PE 中国の脅威などと危機感をあおる方向ではなく、無関心な人々の足がかりとなる多彩な記事を発信してほしい。

 新階さん 無関心が国の暴走を許してしまうのではないかとも思う。十分に議論されず防衛費の増額の話が進むように感じる。恐怖の感情だけに流されず、自分で考えて判断する際の材料にするため、理想と現実を両方とも示してほしい。

 高村PE 国は国防の情報をほとんど出さないし、メディアもとことん追及しない。平時の今こそ何を伝えるか問われている。

 藤沼さん ウクライナは武器の支援を呼びかけ、日本は情報収集用ならとドローンを送った。その後どうなったか報じてほしい。

 山本PE 日露戦争で新聞が売れたように、戦争と新聞は直結している。有事に冷静な立場でいられるのか。例えば、有事の際の行動規範を平時にまとめておいてはどうか。

 小沢香PE 個人が違和感や不安を言える環境が大切だ。恐怖がドミノ化して核廃絶が遠のきかねないが、軍縮こそが安全保障だったはず。人間ベースの言葉を安全保障の場にも届けるような報道が重要だ。

 春日 「国」と「人」の二つの側面から報じていく。日本はロシアと中国の隣国。安全保障を冷静に議論しなければいけない。もう一つは、私たちは生まれた場所が違うだけで同じ人間だという視点。報道を自分ごとに感じてもらえるようにする第一歩だ。

 角田克・常務取締役編集担当 戦争に絡む情報へのメディアの感度が日々問われていることを再認識した。私たちは現場をみる「虫の目」、少し引いてみる「鳥の目」までは比較的得意だが、今後は地球規模でうごめくデジタル空間で起きている現象を見る目を強化していきたい。

 (司会は海東英雄PE事務局長)

 ◇会議は感染対策を施して開き、マスクは撮影時のみ1人ずつ外しました。高村PEと高野イスタンブール支局長はリモートで参加しました。

 ◆パブリックエディター(PE)

 読者から寄せられる声をもとに、本社編集部門に意見や要望を伝える役割を担う。