(社説)参院選 コロナ対策 低調な論戦を憂う

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 新型コロナの新規感染者が再び増えている。感染の抑止と社会経済活動の維持をどう両立させるかは、これからも繰り返し浮上する難題だろう。

 ところが有権者の関心が一時期に比べて薄らぎ、票に結びつかないと踏んだのだろうか、参院選で感染症対策をめぐる各党の論戦は低調なままだ。

 たとえば岸田首相が打ち出した内閣感染症危機管理庁への評価だ。強い指導力で一元的に対処しようという考えは理解できる。だが首相を本部長とする政府の対策本部は今もある。

 政府と自治体それぞれの権限と責任をどう整理し、専門家と協働していくか。コロナ禍が浮き彫りにした問題を積極的に論じる動きは見えず、答えは置き去りにされたままだ。立憲民主も司令塔機能発揮のための法改正をうたうが、詳細は不明だ。

 言葉が独り歩きしているのが「日本版CDC」だ。

 政府は米疾病対策センターを念頭に、国立の二つの研究機関を統合してつくるという専門家組織をそう呼ぶ。公明は情報発信と効果的な対策を推進する司令塔の創設を唱え、日本版CDCと名づける。国民民主もCDCがその機能を担うとの位置づけだ。地元大阪で医療逼迫(ひっぱく)を招いた日本維新の会は「首都圏と関西圏に1カ所ずつ整備する」と提言するが、めざす組織の姿は判然としない。

 「CDC」がコロナ封じの呪文のように飛び交うなか、共産は保健所や研究所の予算増を唱える。多くの点で各党の主張の異同や対立軸がはっきりしないまま、投票日が近づく。

 感染症法上、コロナをどう位置づけるかの議論も生煮えだ。

 現在は感染者を全員把握するほか、濃厚接触者となった場合の待機期間なども定められており、政府は扱いを緩めることに慎重だ。これに対し維新は、季節性インフルエンザ並みの「5類」への移行を公約の柱に掲げる。だがインフルエンザと違って、治療やワクチン接種の費用は引き続き無償にするという。

 大切なのは、措置の緩和に伴う影響や対応を科学的知見も踏まえ具体的に検討することだ。それなのに「5類か否か」に矮小(わいしょう)化され、選挙の道具になっているのが現実ではないか。

 投じた補助金や交付金が期待された効果をあげたかも含め、今後の対策を論じるうえで、この2年半のコロナ政策の徹底検証が不可欠だ。ところが政府が設けた有識者会議は、表面をなでただけで散会した。

 立憲は国会に調査委員会を設けることを提唱する。行政監視の責務を負う立法府にとって、与野党の立場を超えて避けて通れないテーマのはずだ。