(社説)参院選投票日 自由を守る、選択の時
奈良県内で演説中だった安倍元首相が狙撃され、死去した。その重苦しい空気のなかで、参院選の投票日を迎えた。
政治家が遊説中に凶弾に襲われるという異例の暴挙である。民主主義へのあからさまな挑戦であるがゆえに、社会を貫いた衝撃は並外れている。
それでも各政党は、中断した選挙活動をきのうの最終日に再開し、有権者にそれぞれの訴えを届けた。暴力にひるまず、言論の自由をまっとうする。その覚悟を示した政界の決意を全面的に支持する。
安倍氏が首相に在任した8年8カ月という期間は、憲政史上最長だった。それだけに安倍氏の訃報(ふほう)は世界を駆けめぐり、国連安全保障理事会では黙祷(もくとう)が捧げられた。
とくに日本の事情を知る国々の指導者は、ひときわの驚きをもってこの事件を悲嘆している。バイデン米大統領は「日本では何十年間もこうしたことは起きていなかった」と論評した。1930年代以来のことだとしながら、日米同盟に揺らぎはないと強調した。
確かに戦後日本において、首相やその経験者が殺害されたケースはなかった。このような事件が繰り返されないためにも、容疑者の動機の解明が尽くされなくてはならない。
背景がどうあれ、この国の戦後史に特記される事態であり、諸外国が日本社会の変容の兆しかどうか、懸念を抱くのは無理もない。
それは杞憂(きゆう)であったと言えるか否かは、今後の政治にかかっている。30年代の5・15事件などのように、国の針路を曲げないか、目を凝らしていかねばなるまい。
日本では比較的少ない銃器犯罪であるだけでなく、無防備な遊説の現場が狙われた事件だ。警備の検証は必要だろう。過度な取り締まりは避けつつ、開かれた選挙活動の安全をどう確保するか考えていくべきだ。
きょうの投票日に向けて、各党が民主主義の停滞や後退を拒む立場を貫いたのであれば、なおさら有権者として応えたい。一票を投じることが、思想信条や表現の自由を実践する基本の営みである。
この選挙で問われているものは数多い。物価高騰やエネルギー政策、安全保障と防衛費、憲法をめぐる考え方……。それらはいずれもこれからの国のかたちに直結する事案ばかりだ。
今回の事件はさらに、自由と民主主義をいかに守っていくかという根源的な問いを投げかけている。暗い時代の到来を許さず、責任ある未来づくりを誰に託すか。その選択のための極めて貴重な一日である。
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