(社説)常総水害判決 河川管理に重い警鐘

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 水害が起きても河川管理に落ち度があったと認められることは、まずない――。そんな「常識」に安住していた行政に、警鐘を鳴らす判決だ。

 15年9月の関東・東北豪雨による鬼怒川の氾濫(はんらん)で、浸水被害を受けた茨城県常総市の住民らが国に損害賠償を求めた裁判で、水戸地裁は先ごろ、責任を一部認め、約3900万円の支払いを命じた。

 この水害では、市の3分の1に当たる約40平方キロが浸水し、5千棟以上が全半壊した。

 判決は、水があふれた若宮戸地区で治水上重要な役割を果たしていた砂丘を、開発行為を制限する「河川区域」に指定することを国が怠ったと判断。その結果、太陽光発電事業者が掘削して地盤が下がり、危険な状態になっていたと指摘した。

 治水事業には財政、技術、用地確保など様々な制約がある。このため、合理的な計画に基づいて改修中の河川については、工事を急がねばならない特段の事情がない限り、管理に瑕疵(かし)があったとはいえない――などとする最高裁判例がある。

 国はこれを踏まえて、改修計画に問題はなかったと主張し、判決も、被害が出た別の地区については国の言い分を認めた。

 しかし若宮戸の場合、計画の当否とは別に、砂丘一帯の現状を維持することが極めて重要だったのに、国は区域指定の権限を適切に行使せず、被害を招いたと結論づけた。

 水害の前年には、市が国土交通省に現地の状況を具体的に伝え、対策を要望していた。「改修の途上」を理由に責任を免れようとするのが国の常だが、危機が予見されたのに手をこまぬいていたとなれば、住民が納得しないのは当然だ。

 国は、災害の発生を防ぎ、公共の安全を保つという河川法の趣旨・目的に立ち返り、河川区域に指定していない自然堤防などに危ない箇所がないか、改めて点検してもらいたい。

 常総水害では濁流が住宅街に押し寄せ、取り残された市民をヘリコプターを使うなどして救助した。当時の映像を覚えている人も多いのではないか。

 この災厄を機に、いざというときの個々人の行動計画を決めておく「マイ・タイムライン」づくりが広がり、自治体を超えた広域避難計画の策定も具体化した。教訓を今後も受け継いでいかなければならない。

 近年、堤防などの大規模な構造物に頼らない治水をめざす動きが進む。だが地域の広範な合意が必要で、一朝一夕に実現できるものではない。住民の声を真摯(しんし)に受け止め、目の前の危険を確実に取り除いていく、緊張感のある治水が求められる。

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