(社説)被爆77年の危機 広島・長崎の「忘却」を許さぬ

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 過ちは繰り返さない――。この誓いが破られる現実味が深まった被爆77年の夏である。

 大国が核を脅しに使い、隣国を侵略する。許しがたい国際秩序の破壊行為が今年、起きた。

 「核兵器の危険が冷戦最盛期のレベルに高まっている」。国連の事務総長はそう警告する。77年前の「恐ろしい業火」とともに刻まれた広島・長崎の教訓が、忘れられつつある、と。

 日本も「忘却」と無縁ではない。核戦争をめぐるリアリティーを欠いたまま、日本が米国の核兵器を共に使う「核共有」が一部で語られる。核軍縮の国際合意に背くばかりか、核リスクをむしろ高めかねない、懸念すべき状況である。

 ■揺らぐ「核のタブー」

 広島、長崎の惨禍を経て、戦後世界が堅持してきた規範がある。条約や制度に限らない。「核兵器を使うことは本質的な過ち」とする、モラルの「芯」と言うべき不文律である。

 これを米政治学者のニーナ・タネンウォルド氏は「核のタブー」と呼ぶ。

 「非核を求める市民の声。核軍縮などに向け機能した国連。破壊への想像力」が禁断の意識を育み、越えてはならぬ一線として共有されてきた。この規範が「揺らいでいる」(タネンウォルド氏)という。

 背景にはまず、平和や秩序を守るルールや枠組みが軽んじられてきた現実がある。例えば、大国の専横で機能不全に陥った国連安全保障理事会だ。

 規範を守るよりも破ることを売り物にする政治が蔓延(まんえん)するなか、理性の歯止めをかけるリーダーはどれだけいるだろう。

 そして忘却。政治家の世代交代で、「ヒロシマは彼らの集団記憶の枠外にある」と、米歴史家のダニエル・イマーバール氏は英紙への寄稿で指摘する。

 米ロなどは「使える核」を名目に核兵器の小型化を競う。小型でも甚大な人道被害をもたらすことへの想像力は希薄だ。

 規範が弱められた先に、ロシアの侵略戦争と核の脅しがあったとみるべきだ。核を保有する国、依存する国すべてが、その責任と向き合う必要がある。

 ■ロシアの戦争転機に

 今年は危機だけでなく、希望の一歩も歴史に刻まれた。核兵器禁止条約の締約国会議がウィーンで初めて開かれたのだ。

 現地と広島をネットで結ぶ集会で、「戦争が世界からなくなってほしい」と語ったのは、川下(かわしも)ヒロエさん(76)である。原爆ドームの前からの深い語りに、会場は静まりかえった。

 胎内で原爆放射線を浴び、脳や体に障害を負って生まれた原爆小頭症被爆者の一人。偏見を恐れて沈黙する人が多いなか、初めて世界に声を上げた。ロシアの戦争がきっかけだった。

 「生まれる前から人を苦しめる核の怖さが伝わっているだろうか」。小頭症被爆者と家族でつくる「きのこ会」の平尾直政・事務局長は、そう訴える。

 核廃絶をめざす都市でつくる国際NGO「平和首長会議」(事務局・広島市)には、この4~8月、新たに13カ国の136都市が加盟した。異例の増え方で、欧州が際立つ。

 副会長でドイツ北部ハノーバーの市長は、本紙への書面回答で述べた。「市長たちは、ウクライナと連帯し、核軍縮への努力と核の法的禁止を求める明確なシグナルを送っている」

 新たな戦争が新たな発声を促す転機を生んだ。問われるのは、政治がこの声をどう受け止め、かたちに残せるかだ。

 ■力強い非核の誓いを

 核禁条約が規範の新しい支柱になる一方、冷戦以降のルールを支えてきたのが核不拡散条約だ。この二つは核廃絶をめざす両輪の枠組みである。

 だが核禁条約の初会合に、日本政府の姿はなかった。岸田首相は安倍、菅政権と同様に、条約に背を向けているからだ。

 今月は核不拡散条約の再検討会議がニューヨークで開かれている。こちらには日本の首相として初めて出席し、演説した。「被爆の実相への正確な認識を世界に広げる」と約束したのは前向きな一歩である。

 一方で、演説は肝心の二つの言葉が欠けていた。一つは「核禁条約」への評価。もう一つは核保有国と非核国で日本が果たすべき「橋渡し」である。

 規範が揺らぐ時代だからこそ、首相は「現実路線」の殻に閉じこもらず、「核は過ち」というメッセージを国際社会に力強く語るべきだ。

 被爆者の平均年齢は84歳を超えた。記憶を直接継承する時間が限られゆくなか、新たな世代の発信に注目したい。

 核禁条約の会議には日本から多くの若者が参加した。

 広島出身の奥野華子(かこ)さん(20)は環境活動家グレタ・トゥンベリさんに触発され、「核戦争は地球の気候を破壊する」と訴えてきた。環境への関心は若年層に広がり、「共感しあえる仲間が世界中にいる」。

 国の壁を飛び越え、世界に共感と連帯を広げる、規範の新たな担い手たちを支えたい。