(社説)閣僚靖国参拝 首相の歴史観を問う

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 岸田政権になって初の「終戦の日」のきのう、高市早苗経済安全保障担当相と秋葉賢也復興相の2閣僚が靖国神社に参拝した。その2日前には、西村康稔経済産業相の参拝もあった。

 ロシアによるウクライナ侵略や台湾海峡の緊張に、「平和国家」としてどう臨むべきか、日本は難しいかじ取りを迫られている。岸田首相自身は自民党総裁として、私費で玉串料を納めただけだが、「不戦の誓い」の原点である先の戦争をどうみるか、政治指導者として、その歴史観が問われる。

 終戦の日の閣僚の参拝は、第2次安倍政権下の一昨年、4年ぶりにあり、菅政権下の昨年も3閣僚が行った。2度の首相交代を経ても続くのは、保守色が強まる自民党内の勢力図を反映してのことだろう。

 安倍政権の総務相時代にも参拝した高市氏はきのう、「国策に殉じた方々の御霊(みたま)に尊崇の念をもって感謝の誠を捧げた」と語り、祖父が中国で戦死したという秋葉氏も「尊崇の念」「哀悼の誠」を口にした。

 犠牲者を悼むのは当然だ。しかし、靖国神社は軍国主義を支えた国家神道の中心的施設である。しかも、東京裁判戦争責任を問われたA級戦犯14人が合祀(ごうし)もされている。

 閣僚ら政治指導者の参拝は、遺族や一般の人々が手を合わせるのとは違う。日本が戦争への反省を忘れ、過去を正当化しようとしていると受けとる人がいることに思いをはせるべきだ。憲法が定める政教分離の観点からの疑義も忘れてはならない。

 歴史を教訓として、国際秩序の回復や地域の平和と安定にどう主体的にかかわるか。その強い覚悟と具体的な構想こそ求められているというのに、きのうの全国戦没者追悼式での首相の式辞は、安倍・菅首相のものをほぼ引き写しただけだった。

 93年の細川護熙氏以来、歴代首相はアジアの近隣諸国に対する「深い反省」や「哀悼の意」を表明することで、加害責任に向き合ってきた。しかし、第2次政権下の安倍氏が言及をやめ、菅氏、そして首相も、それを踏襲した。

 首相が領袖(りょうしゅう)を務める派閥・宏池会は、「軽武装・経済優先」という戦後日本の基本路線を敷いた吉田茂元首相の流れをくむ池田勇人元首相が創設した。党内では長く、リベラル色の強いハト派集団とみられてきた。首相はまた、被爆地・広島選出の国会議員として「核兵器のない世界」にもこだわりを持つ。

 首相は「戦争の惨禍を二度と繰り返さない」と誓ったが、自前のことばではなく、ただ前任者のメッセージをなぞるだけでは、その決意は伝わらない。